経営・組織

ゲストの車椅子の申し出を式場が断れる線|合理的配慮の義務化

契約が済んで、打合せが進んでいる二人から、こういう連絡が来ることがあります。「当日来る叔父が車椅子なんですが、大丈夫でしょうか」。

見学のときに聞かれていれば、答えは用意できます。聞かれていなかったから困るのは、段差のある親族控室や、狭い通路が決まったあとで言われたときです。「その日は対応できません」と返したくなる場面ですが、2024年4月からは、この返し方が法律の面で簡単ではなくなりました。

この記事の論点は1つです。式場が申し出を断れる線は、「費用がかかる」では引けません。引けるのは、事業への影響、実現できるかどうか、費用、会場の規模、財務の状況を並べて見たときの、かなり奥の方です。だから、断る線を決めるより先に、受ける順番を決めておくほうが、式場の損は小さくなります。

何が義務になったのか

内閣府の告知ページによると、改正障害者差別解消法は令和6年4月1日に施行され、事業者に合理的配慮の提供が義務づけられました。それまで民間の事業者は努力義務で、行政機関だけが義務でした。

対象の事業者は、企業、団体、店舗、個人事業主などで、営利かどうかは問いません。結婚式場は当然入ります。

合理的配慮というのは、障害のある人から「社会の中のバリアを取り除いてほしい」という意思が伝えられたときに、負担が重すぎない範囲で対応することです。ここで読み落としやすいのが、対象が「お客さま本人」に限られない点です。法律が見ているのは、事業者が提供するサービスの場面で、障害のある人が不利になるかどうかです。披露宴に招かれたゲストが車椅子で、式場の通路や段差で困るなら、その場面は式場のサービスの中にあります。二人の契約者でなくても、現場では同じ「申し出」として届きます。この点は、個別の事案で判断が分かれるところなので、僕は「ゲストの申し出も、式場が受ける前提で段取りを組んでおくのが安全」と考えています。

ちなみに、障害者手帳があるかどうかは条件ではありません。内閣府のページには、手帳の有無を問わず、継続的に日常生活や社会生活に相当な制限を受けている人が対象だと書かれています。「手帳は持っていますか」と式場から聞く場面は、基本的に出てきません。

違反したときの扱いも、確かめておきます。政府の解説では、行政機関からの報告の求めに応じない、あるいは虚偽の報告をした場合に、20万円以下の過料の対象になりうるとされています。つまり、いきなり罰則というより、まず助言や指導があり、報告のやりとりでこじれたときに過料がある、という順番です。式場の経営にとっての実際の痛手は、過料よりも、断り方が口コミや紹介に出ることのほうでしょう。

「過重な負担」は費用だけで決まらない

事業者が断れる根拠になるのが「過重な負担」です。政府の案内では、これを個別の場面に応じて、複数の要素を総合的・客観的に見て判断するとしています。挙げられている要素は次のとおりです。

  • 事務・事業への影響の程度
  • 実現可能性の程度(物理的・技術的な制約、人的・体制上の制約)
  • 費用・負担の程度
  • 事務・事業の規模
  • 財政・財務の状況

費用は5つのうちの1つにすぎません。しかも、費用が大きければ断れる、という書き方にはなっていません。

たとえば、段差のある挙式会場の入口に、仮設のスロープを置く対応を考えます。置く場所があり、数分で設置できて、費用は数万円のレベルなら、この対応を「過重」と言うのは難しいでしょう。逆に、築年数の古い建物で、階段しかない二階の宴会場に、エレベーターを新設してほしいという求めなら、費用も実現可能性も大きく、規模の小さい式場にとっては過重になりえます。政府の案内にも、小規模な店舗で数百万円規模の設備を求められるケースは過重と判断される可能性が高い、という趣旨の例が出ています。ただし、これは例であって、式場に当てはめた基準ではありません。

大事なのは、断れるかどうかの結論より、断る前に何をしたかです。

断る前にやることは「代わりの案」を出すこと

政府の解説では、過重な負担にあたると判断した場合でも、断って終わりにはしません。理由を説明し、別のやり方を提案するなど、話し合って理解を得るように努めることが大切だとしています。これが建設的対話と呼ばれるものです。

式場に置き換えると、こうなります。

二階の宴会場にエレベーターが無く、車椅子のゲストが出席を希望している。このとき「階段しかないので無理です」で終えると、対話をしていません。代わりの案としては、たとえば次のようなものが考えられます。

  • 一階にある別の会場や、一階のラウンジでの会食に切り替えられるか
  • 披露宴の人数が少なければ、一階の個室に会場を移せるか
  • 介助の人手が足りるなら、当日の担当者を1人増やして、館内の移動を手伝えるか
  • 挙式だけ参列して、披露宴の時間は別の席を用意することはできるか

どれも、式場のやり方次第で出せる案です。出した案を、二人とゲストが「それでは困る」と言うなら、そこからまた話します。ここまで繰り返して初めて、「この条件ではお受けできません」と言えます。

僕がいちばん気にしているのは、現場の担当者が最初の返事で結論を言ってしまうことです。担当者は「できません」と言うつもりはなくても、「前例がない」「段取りが組めない」という説明が、そのまま断りに聞こえます。内閣府の案内でも、事前に障害特性や配慮の具体例を確認しておくことが勧められています。つまり、国も現場に任せきりにする想定ではなく、事業者が前もって備えることを求めています。

申し出を受ける順番を決めておく

では、式場が先に決めておく順番とは何か。僕のおすすめは、次の4段階です。

1段目は、申し出の受け口を1つにすることです。二人からの連絡が、営業担当、婚礼の担当プランナー、電話の受付に分かれて届くと、同じ人が3回聞かれることになります。申し出は担当プランナーが受け、内容を決まった書式に書き、責任者に回します。

2段目は、聞く内容を絞ることです。「どんな障害ですか」と聞く必要はありません。聞くのは、当日に何が困りそうか、です。車椅子なら、折りたたみか電動か、幅はどのくらいか、介助者は付くか。歩行が不安なら、階段を何段まで上がれるか、座る時間の長さはどうか。目や耳のことなら、案内の方法や、音の聞こえ方。これらは、会場の設備と照らして答えを出すための材料です。診断名は要りません。

3段目は、会場の側の「できること」を一覧にしておくことです。仮設スロープの有無、車椅子で入れる化粧室の位置、広い席の配置が可能な卓、段差のない動線、休憩のための部屋。これが頭の中にしか無いと、担当者によって返事がばらつきます。紙に1枚にまとめて、新人でも見られるようにしておきます。

4段目は、責任者が最終判断をするラインを決めることです。担当者が自分の裁量でできる範囲と、責任者の承認が要る範囲を分けておきます。たとえば、費用が追加でかからない範囲は担当者の判断、外注の手配や有料の設備が絡むなら責任者の判断、という具合です。

この4つがあれば、申し出が来たとき、最初の返事は「確認して、○日までにご連絡します」になります。「できません」から始まることは無くなります。

費用はいくらかかるのか:仮のモデルで見る

「結局いくらかかるのか」が、経営者としていちばん知りたいところだと思います。公開されている式場ごとの数字は見つからなかったので、ここは仮の式場で計算します。前提は、次のとおりです。

  • 年間の披露宴は120組
  • 配慮の申し出が出る組の割合は、3%、5%、10%の3通りで見る(実際の割合は分からないため、幅で置く)
  • 1組あたり、事前打合せが15分延びて、当日に補助のスタッフが1人、2時間ついたとする。合計2.25時間
  • 人件費の目安は、1時間あたり2,000円(仮)

計算すると、申し出の出る組は年に3.6組、6組、12組です。年間の追加の人件費は、それぞれ約1万6,000円、2万7,000円、5万4,000円になります。1組あたりに直すと約4,500円です。

仮設スロープを新しく買うなら、本体を8万円(仮)とし、5年で使い切ると見て、年に1万6,000円です。人件費と足しても、申し出が年に12組出る式場で、年間およそ7万円です。

この金額が、120組の婚礼の売上に対して、どう見えるか。売上がたとえば1組300万円なら、年間3億6,000万円です。7万円はその0.02%ほどにあたります。もちろん、この数字は仮の前提で、建物の構造が違えば一気に変わります。エレベーターが無い、トイレが狭いといった、構造の問題がある式場では、改修の費用が大きくなります。ただ、人の手でできる対応に限れば、費用の面で「過重」と言える水準にはなりにくい、というのが計算の見立てです。

つまり、費用の高さを理由に断れる場面は、スロープや席の工夫のような「運用でできる範囲」では多くありません。断れる線が出てくるのは、建物の構造に手を入れる話になったときです。

断れる線の引き方:構造と運用を分ける

ここまでをまとめると、式場が先に決めておく線は、費用の額ではなく、「構造の話」と「運用の話」の境目になります。

運用の話は、人の配置、席の配置、動線の誘導、仮設の備品です。ここは基本的に受ける前提で、受け方を決めておきます。

構造の話は、エレベーターの新設、段差の恒久的な解消、トイレの拡張です。ここは費用も工期も大きいので、過重な負担の判断が必要になります。ただし、断る前に代わりの案を出す手順は、構造の話でも同じです。

この分け方の良いところは、現場の担当者が迷わないことです。目の前の申し出が「運用でできること」なら、受ける。「構造に手を入れること」なら、責任者に回す。担当者にとって判断の入口が1つに絞られます。

もう1つの良いところは、改修の優先順位が見えてくることです。構造の話で断らざるをえなかった申し出を、1年分記録しておくと、どの段差や通路が一番多くの申し出を止めているかが分かります。改修の予算を決めるとき、勘ではなく件数で比べられます。これは経営の判断として、地味ですが役に立つ記録です。

見学の前に出せる情報を持つ

最後に、見学前の話です。契約後に申し出が来て慌てるより、見学の前に情報を出しておけば、そもそも二人は「うちの親族は難しそう」と感じたときに、別の会場を選べます。式場にとっては、契約後に断らざるをえなくなるより、見学の時点で相性が分かるほうが、お互いに損が小さい。

載せる情報は、車椅子で入れる出入口、段差の有無、化粧室の位置、休憩できる部屋の有無です。「バリアフリー対応」の一言より、写真と寸法のほうが、二人は判断できます。この点は、別の記事(祖父母が来られるかを見学前に伝える話)で、情報を出す手間と成約の関係を計算しています。ここでは法律の面から、もう1つ理由を足しておきます。事前に載せた情報は、申し出を受けたときの対話の土台になります。会場の条件を最初に開示していれば、「知らされていなかった」という行き違いが減ります。

まとめ

  • 2024年4月1日から、民間の事業者にも合理的配慮の提供が義務になった。結婚式場も対象で、手帳の有無は条件ではない
  • 断れる根拠の「過重な負担」は、事業への影響、実現可能性、費用、規模、財務を総合して判断する。費用だけでは決まらない
  • 断る前に、理由を説明して代わりの案を出す。「できません」を最初の返事にしない
  • 式場が先に決めるのは、受け口を1つにすること、聞く内容を絞ること、できることを一覧にすること、責任者の判断ラインを分けること
  • 仮の式場(年間120組)で人件費と備品を見積もると、運用でできる対応は年に数万円の水準。断れる線は、費用の額ではなく、建物の構造に手を入れる話になったところで出てくる
  • 構造の話で断った件数を記録しておくと、改修の優先順位を件数で比べられる