式場のAEDは宴会場から何歩か|設置場所と持ち出し係を決める
乾杯の直後、ご年配のゲストが椅子から崩れ落ちる。式場の側から見れば、年に何度もある場面ではありません。ただ、200人を超えるゲストが一度に集まり、お酒が入り、緊張した人が多く、平均年齢が思ったより高い。そういう場所だと考えると、「起きたときにどうするか」を決めておかない理由はありません。
結論から書きます。式場のAEDは「持っているか」ではなく「宴会場の扉から何歩で手に取れるか」で評価するのがいいと僕は考えています。そして、置き場所と同じくらい、「誰が持ち出すか」「誰が点検するか」を名前で決めておくことが大事です。機械があっても、取りに行く人が決まっていなければ、現場では誰も動けません。
先に断っておくと、この記事に出てくる距離や費用の数字の多くは、僕が置いた仮の前提です。出典があるのは、消防庁の白書にある一般市民によるAED使用の件数と、厚生労働省が出しているAED管理の考え方の部分です。自分の会場の図面に当てはめて読んでください。
AEDの設置は義務ではない。だから式場が決める
まず、前提を確認します。AEDは、設置しなければならないと法律で決まっている施設が限られています。一般の宴会施設や婚礼施設に、設置そのものを義務づける全国一律のルールがあるわけではありません。ホテルや式場が置いているのは、多くの場合、事業者としての判断です。
つまり、置くか置かないか、どこに置くか、誰が使えるようにするかは、全部が経営判断です。ここで「うちは置いてあります」で話が止まっている式場が、いちばんもったいないと思っています。
置いてあることと、使えることは別の話です。たとえば、次のような状態は、現場ではよく起こります。
- 事務所の奥の壁に掛けてあり、宴会場からは廊下を曲がって2回扉を通る
- 置いてあることを知っているのは、設置した当時の支配人と数人だけ
- 電極パッドの使用期限が切れていたが、誰も気づいていない
- 披露宴中は、いちばん近くにいるスタッフが配膳で手が離せない
どれも、機械は買ってあります。それでも、いざというときに間に合わないか、動かない可能性があります。
一般市民が使うAEDは、年に1,407件
数字を1つだけ置きます。総務省消防庁の「令和6年版 消防白書」によると、令和5年(2023年)に、心肺機能停止の人に対して一般市民がAEDで除細動を行った件数は1,407件でした。
ここで押さえておきたいのは、件数の大小よりも、使ったのが救急隊ではなく「その場にいた人」だということです。救急車が着くまでの間に、近くにいた人がAEDを取りに行き、パッドを貼る。このつなぎが、結果を分ける部分です。
同じ消防庁のデータは、AEDを使って除細動をしたケースで、1か月後に社会復帰できた人の割合が、使わなかった場合よりもずっと高いことを示しています。2019年のデータを紹介した報道では、一般市民がAEDを使ったケースの社会復帰率が46.0%と書かれています。年と集計の範囲が違うので、他の数字とは並べて比べない約束にします。僕が言いたいのは、「その場にいた人が動くかどうか」が成否の大きな要素だ、ということだけです。
式場は、まさにその「その場にいた人」が、スタッフという形で何十人もいる場所です。宴会場には、配膳、司会、介添、キャプテンがいます。人手が足りている場所ほど、あらかじめ決めておけば動けます。
歩く距離で評価する:往復を分に直す
置き場所を評価するときに、僕がいちばん使いやすいと思っているのは、「往復で何分かかるか」に直す方法です。
歩く速さは、不動産の表示のルールで徒歩1分は80メートルと定められています。これは「不動産の表示に関する公正競争規約」にある数字で、成人がゆっくり歩く速さの目安です。急いで走ればもっと速いですが、床が絨毯で、テーブルの間を縫って、扉を何枚も開けるとなると、実際はこの数字に近くなると考えておくほうが安全です。
仮に、宴会場の中の高砂から、AEDが置いてある場所までの距離を、次の3つの会場で置いてみます。距離は片道です。
| 会場 | 片道の距離 | 往復の距離 | 歩いて往復する時間 |
|---|---|---|---|
| A:宴会場の入口の横 | 60m | 120m | 1.5分 |
| B:同じ階の事務所 | 150m | 300m | 3.75分 |
| C:別の階の事務所 | 250m | 500m | 6.25分 |
計算上は、Aなら往復1.5分、Bなら3.75分、Cなら6.25分です。ここに、スタッフが異変に気づくまでの時間と、持ち出す人を決めるまでの迷いの時間が足されます。迷いの時間は、数字にできません。ただ、「誰が行くのか」を決めていなければ、確実に長くなります。
消防署が教える心肺蘇生では、胸骨圧迫を続けながら、もう1人がAEDを取りに行くという形が基本になります。AEDが遠いと、胸骨圧迫をする人の手が長く止まらないように、交代しながら続ける人数も必要です。距離が長いほど、必要な人数が増えます。
ここから、置き場所の考え方が1つ決まります。宴会場から往復2分以内で戻れる位置を、まず基準に置くことです。距離にして、片道80メートル前後。入口の横か、ロビーの近く、クロークの隣のような場所です。2分という数字は僕が置いた目安で、公的な基準ではありません。ただ、会場ごとに「往復何分か」を実際に歩いて測り、その数字を紙に書いておくだけで、置き場所の議論が具体的になります。
扉の向こうに置かない:見える、触れる、鍵がない
距離のほかに、置き場所で見るべきことは3つあります。
- 見えるか:宴会場の中にいるスタッフが、AEDの場所を目で見て分かるか。壁の色と同化した小さな箱では、いざというときに目に入りません
- 触れるか:鍵のかかった事務所の中や、スタッフしか通れない裏の通路にないか。ゲストが近くにいる場合でも、取り出せることが大事です
- 邪魔にならないか:前に台車やテーブルが置かれやすい場所は避けます。披露宴の前後は、荷物でいちばん塞がれやすい時間帯です
もう1つ、見落としやすいのが暗転や演出です。プロフィールビデオや入場で会場が暗くなる間、スタッフは配置についたまま動けません。暗い宴会場の中でAEDを探すことは考えにくいので、持ち出す人は「扉の外で待機している担当」にしておくと、演出中でも動けます。
壁掛け式のキャビネットは、扉を開けると音が鳴るタイプがあります。この音を、わざと目立たせたい式場もあれば、披露宴中に鳴ると困る式場もあるでしょう。ここは運用の判断です。音が鳴るタイプなら、「鳴ったら周囲のスタッフが集まる」と決めておけば、合図として使えます。
持ち出し係を役職ではなく名前で決める
置き場所が決まったら、次は「誰が持ち出すか」です。僕が現場の話を聞いていて、いちばん抜けやすいと感じるのが、ここです。
決め方は3段階あります。
- 第1担当:宴会場の扉の外にいる、そのシフトのキャプテン。異変が起きたら、まずAEDを取りに行く
- 第2担当:第1担当が動けないときの代わり。隣の宴会場のキャプテン、または支配人
- 連絡係:119番に電話する人。住所と目印、会場の入口を、あらかじめ決めた言葉で伝える
役職で決めると、その日の担当が休みだったときに空白ができます。毎回の「当日の配置表」に、第1担当・第2担当・連絡係の名前を書く欄を1行足しておくのが、僕は現実的だと考えています。披露宴の配置表は、もともと司会、音響、介添などの名前を書くものなので、行を1つ増やすだけです。
連絡係には、もう1つ決めることがあります。救急車を入口まで誘導する人です。式場は、救急車が入る入口が分かりにくい作りになっていることがあります。駐車場の中の通路や、ホテルの裏口、エレベーターの位置まで、救急隊を連れて行く人がいるかどうかで、到着から搬送までの時間が変わります。AEDそのものより、案内役のほうが抜けやすい場所です。
使う人を増やす:研修は3時間と更新の手間
AEDは、医療の資格がなくても使える機械です。音声で手順を案内してくれます。それでも、実際の場面では、手が震えて、パッドの貼る位置も怪しくなります。事前に人形で一度練習しておくと、動き出すまでの時間がだいぶ違います。
消防署が開いている普通救命講習は、AEDの使い方と胸骨圧迫を学べる講習で、受講時間は3時間ほどです。費用は自治体によって無料から数千円の範囲が多いので、申込先の消防署に聞くのがいちばん確実です。
ここで仮に、スタッフ30人のうち、常勤の20人に受講してもらう計画を立てます。
- 1回の受講は3時間。20人なら、のべ60時間
- 時給1,500円と仮に置くと、受講中の人件費は9万円
- 受講を2〜3年おきに更新するなら、年あたり3万円から4万円ほど
講習は平日の昼に開かれることが多く、婚礼の繁忙日には出られません。閑散期の平日に、2回に分けて出てもらうなど、組み方に工夫が要ります。消防署によっては、事業所に出向いて講習をしてくれるところもあるので、それも選択肢です。
全員に受講してもらう必要はありません。第1担当、第2担当、連絡係になりうる人、つまりシフトのキャプテンとその候補だけを先に受けておけば、最初の一歩は十分に動けます。
点検は「誰が、どの頻度で、どこに記録するか」
AEDは、買って置けば終わりではありません。厚生労働省の資料では、電極パッドやバッテリーに使用期限や寿命があるため、製造・販売会社が出している表示ラベルで交換時期を把握し、期限が来たら交換するように案内しています。また、設置者は点検担当者を置き、本体のインジケーターの表示を日常的に確認して記録するように勧めています。
機種によって、パッドの期限やバッテリーの寿命は違います。具体的な年数は、添付文書かメーカーに確認するのが確実で、この記事で一般的な年数を言い切ることはしません。
式場の運用としては、次の3点を決めておけば十分だと思います。
- 点検担当者の名前:支配人でも総務でも、1人を名前で決める
- 確認の頻度:インジケーターは、毎日の開館前の見回りのときに見る。月1回、パッドとバッテリーの期限を紙に記録する
- 期限の一覧:パッドの期限、バッテリーの期限、本体の耐用期間を、1枚の紙にまとめて事務所に貼る。交換の半年前に、カレンダーへ予定を入れる
インジケーターが緑から変わっていたとき、誰に連絡するのかも、紙に書いておきます。夜に気づくこともあるので、メーカーの窓口の電話番号が、すぐに見つかるようにしておきます。
費用を置いて、1組あたりに直す
最後に、お金の面です。ここも仮の前提で計算します。
- AED本体(購入):30万円、耐用は8年と置く
- 電極パッドとバッテリーの更新:5年ごとに合計10万円と置く
- 8年の間に、更新は1回(8年÷5年で1.6回)と考え、10万円×1.6=16万円
8年間の総額は、30万円+16万円=46万円で、1年あたり約5.75万円です。年間200組の披露宴をしている会場なら、1組あたり約290円になります。
これに、スタッフの研修(年3〜4万円)を足しても、年間で10万円に届きません。1組あたりに直せば、500円に届かない水準です。
もちろん、購入のほかに、レンタルや保守契約つきの形もあります。月額の費用に、パッドやバッテリーの交換が含まれているものもあるので、点検の手間を減らしたい式場には向いています。ただし、月額の金額は事業者によって違います。ここでは相場を示さず、見積もりを取るときの見方だけを書きます。
- 交換費用が月額に含まれているか
- 点検の記録を代わりにつけてくれるか
- 期限が近づいたときに、通知が来るか
- 契約を解約したときに、機器の扱いがどうなるか
判断の分かれ目:置く、借りる、近隣と決める
式場の規模や立地によって、選ぶ形は変わります。判断の分かれ目を、3つに整理しておきます。
- 宴会場が複数あり、距離がある会場:1台では往復2分に収まらない。台数を増やすか、持ち出し係を階ごとに置く
- 小規模で1会場だけの式場:1台を入口の横に置き、キャプテンを第1担当にする。それで十分に回る
- ゲストハウスやレストランウェディングで、建物が独立している式場:近隣の施設との相互協力は補助にしかなりません。自前で1台を持つほうが安心です
「近くの施設に借りに行く」という考え方は、往復の時間が読めないので、一番手には向きません。
まとめ
- 式場のAEDは、置いてあるかどうかではなく、宴会場の扉から往復で何分かかるかで評価する
- 往復2分以内を目安にして、実際に歩いて測り、距離と時間を紙に書いておく
- 置き場所は、見える、触れる、前に物が置かれにくい、の3点で見る。暗転の演出中は扉の外の担当が動く
- 持ち出し係は、役職ではなく名前で決める。配置表に、第1担当・第2担当・連絡係の欄を1行足す
- 救急車を入口から会場まで案内する人も、あらかじめ決める
- 研修は、キャプテンとその候補から先に受ける。普通救命講習は3時間ほど
- 点検は担当者を名前で決め、インジケーターは毎日、期限は月1回、紙で記録する。パッドやバッテリーの具体的な期限は、機種ごとに添付文書で確かめる
- 仮の前提で計算すると、購入の場合の費用は1組あたり数百円。機械の費用より、人と手順を決めることのほうが、効果に影響する
