来館・成約

会場見学の「撮影禁止」は割に合わない。仮の式場では、禁止して守れるのは年18万円、失うかもしれない粗利は年500万円。線を引くのは3か所だけ

会場見学のとき、二人はスマホを構えます。チャペルの入口から祭壇を撮り、披露宴会場の高い天井を撮り、試食の皿を上から撮る。式場側から見ると、ここで1つ迷う場面があります。「撮影はご遠慮ください」と言うべきか、黙って撮らせるか、です。

結論を先に書きます。年に720組が来館する仮の式場で計算すると、撮影を全面禁止にして守れるものは、写り込みの後始末にかかる年18万円ほどです。一方、禁止で成約率が0.5ポイント動くだけで、失う粗利は年500万円ほどになります。禁止が割に合う条件は、成約率の低下が0.02ポイント未満のときだけです。ほぼゼロに近い線なので、全面禁止は現実的な選択になりません。

ただ、何でも撮らせればいいという話でもありません。撮らせてはいけない場所は、3つに絞れます。他の来館者の顔、価格や条件が載った資料、本物の挙式です。この3か所だけ線を引き、残りは「どうぞ撮ってください」と言う。僕はこれが、式場にとって損の少ない線の引き方だと考えています。

この記事の数字は、僕が置いた仮のものです。調査や統計は使っていません。来館数も成約率もトラブルの頻度も、自分の会場の数字に置き換えて読んでください。

二人は、なぜ撮るのか

見学の撮影について、先に事実を1つ確認します。ゼクシィの記事「プロが教える!会場見学の撮影リスト10」(2020年3月時点の情報)は、会場見学で撮っておくべき場所を10個挙げています。チャペルなら、入口から祭壇、祭壇から入口、会場の四隅から斜めに、祭壇だけ、建物の外観の5方向。披露宴会場なら、入口とメインテーブルから広く撮り、天井の照明設備まで写す。料理は1皿ずつ真上から、ドリンクはラベルが読めるように寄って撮る。

つまり、二人に向けて「撮っておくと、あとで比べやすい」と勧める情報が、すでに出回っています。二人が撮るのは、変わった行動ではなく、勧められた段取りどおりの行動です。ここで会場が禁止にすると、二人は「比べるための材料を、この会場だけ持ち帰れない」という状態になります。

見学は1日に複数の会場を回ることもあります。夜、家で3か所の写真を見比べるとき、1か所だけ写真が少ない。その会場の印象は、記憶だけで勝負することになります。写真が残る会場と、残らない会場。比較の場面で有利なのは、前者です。これが、禁止の本当のコストだと僕は見ています。

なお、このコストがどれだけの大きさになるかを示した調査は、僕は確認していません。以下は、いくら下がったら損かを計算するための仮置きです。

仮の式場を置く。年720組が来館する

計算のために、1つの会場を置きます。

  • 見学(フェアを含む)に来る二人は、年に720組。月60組です
  • 成約する二人は、そのうち30%。年に216組です
  • 成約1組の粗利は140万円

来館1組の期待粗利は、30%に140万円を掛けて、42万円です。必ず入る額ではなく、平均の見込みです。

次に、撮影を許したときのリスクを置きます。許すと困る場面は、他の来館者の顔が写り込む、価格表が写ってほかの媒体に出る、といったことです。この頻度は仮に、来館200組に1組とします。つまり年に3.6件です。起きたときの対応にかかるコストは、スタッフが謝罪して、写真の削除をお願いして、上司に報告するまでで、1件あたり5万円と置きます。

年間のトラブルコストは、3.6件に5万円を掛けて、18万円です。これが、全面禁止で防げる額の上限になります。

全面禁止の損益分岐点

全面禁止にすると、トラブルの18万円は消えます。そのかわり、成約率が下がるかもしれません。どれだけ下がると、禁止が割に合わなくなるか。

来館720組のうち、成約率が1ポイント下がると、成約は7.2組減ります。粗利は140万円を掛けて、約1,008万円です。0.5ポイントなら504万円、0.25ポイントなら252万円、0.1ポイントなら約101万円です。

成約率の低下 成約の減少 失う粗利 トラブルコストとの差
0.1ポイント 0.72組 約101万円 禁止のほうが約83万円不利
0.25ポイント 1.8組 252万円 禁止のほうが234万円不利
0.5ポイント 3.6組 504万円 禁止のほうが486万円不利
1.0ポイント 7.2組 約1,008万円 禁止のほうが約990万円不利

禁止が得になる線を逆算します。防げるのは18万円なので、失う粗利が18万円を下回ればよい。720組に140万円を掛けた1ポイントあたりの額は約1,008万円なので、18万円は、約0.018ポイントにあたります。成約率が0.02ポイントも下がらないと言い切れる会場だけが、全面禁止を選べます。

0.02ポイントは、720組のうち0.13組です。つまり、禁止しても成約が1組も減らない、という確信が要る水準です。僕には、そう言い切れる会場は思い当たりません。

この差は、数字では確かめられない

ここまで読んで、「それなら、禁止して成約率が下がるかどうか、1年やって測ればいい」と思った方もいるかもしれません。測れません。

年720組のうち216組が成約する会場で、成約件数のばらつきは、おおよそ12組あります(720組に0.3と0.7を掛けた値の平方根)。成約率にすると約1.7ポイントです。二人がたまたま多く決めた月、少ない月で、この程度は普通に揺れます。

0.5ポイントの差を、この揺れの中から見つけるには、禁止する会場としない会場を、それぞれ約33,600組見なければなりません。年720組なら、約47年かかります。

つまり、禁止の効果は、1年や2年の成約率では見えません。禁止したあとに成約率が下がっても上がっても、禁止のせいかは分からない。ここが怖いところで、禁止して「特に変わらなかった」と満足し、実は年500万円を失っていた、ということが起こりえます。

数字で検証できない判断は、構造で決めるしかありません。構造で考えると、禁止は「比較の材料を渡さない」ことであり、渡さないことで有利になる場面は、ほぼ想像できません。

線を引く3か所

では、何も禁止しないのか。そうではなく、禁止する線は3か所に引きます。

1. 他の来館者の顔

いちばん現実的なリスクです。ブライダルフェアは、同じ時間帯に複数の組が回ります。チャペルで模擬挙式を見ているとき、隣の席の二人の顔が、誰かのスマホに写ります。

禁止するのは「撮影」ではなく、「他の組が写る撮り方」です。声かけは、こうなります。「撮影は自由です。ほかの方が写らないようにだけ、お願いします」。

構造で防ぐ方法もあります。同じ空間に、複数の組を同時に入れない案内の組み方です。見学の所要時間とスロットの関係は別の記事で書きました。案内の間隔を15分ずらすだけで、同じ部屋で顔が重なる場面はかなり減ります。

2. 価格や条件が載った資料

見積書、料金表、キャンセル規定の紙は、撮られると、ほかの媒体や比較掲示板に出ることがあります。会場側が嫌がるのはもっともで、ここは線を引いてよい場所です。

ただ、禁止の言い方を工夫します。「見積書の写真は、ご遠慮ください」とだけ言うと、二人は「隠したいのかな」と受け取ります。かわりに、「見積書は、後ほどPDFでお送りします」と言う。この言い方なら、禁止ではなく、先回りの案内になります。写真に撮る必要がなくなります。

見積書を送る手間は、すでに多くの会場がやっているはずです。これは別の記事で書いた、見学後の資料送付の段取りと同じです。

3. 本物の挙式

見学の時間帯に、本物の挙式や披露宴が動いていることがあります。この場面の撮影は、新郎新婦とゲストの肖像に関わるので、明確に禁止します。二人にも、理由を一言添えます。「いま、実際の挙式が行われています。ご家族の写真が入ってしまうので、この間だけは撮影をお控えください」。理由がはっきりしていれば、二人は納得します。

そもそも、本物の挙式の最中に見学を入れること自体を避けるのが、いちばん確実です。ただ、会場の構造によっては、避けられないこともあります。その場合に、この線を使います。

声かけのコストはいくらか

3か所に線を引くと、スタッフの手間は増えます。その手間を、仮に計算します。

来館720組すべてに、案内の冒頭で30秒、撮影のルールを伝えるとします。720組に30秒を掛けて、年間6時間です。時給2,000円と置くと、年に1.2万円。写り込みが起きそうな場面で声をかけたり、見積書をPDFで送るのは、すでにある業務の延長として、追加のコストをゼロとします。

つまり、3か所に絞った運用のコストは、年1.2万円ほどです。全面禁止で防げるトラブルコスト18万円との差は、約17万円。ここまでで、全面禁止で防げたはずのトラブルの、ほとんどが3か所の運用で防げているはずです。

ただ、これは「3か所の線で、写り込みトラブルの大半が防げる」という前提です。この前提が崩れる会場もあります。たとえば、狭い会場で、どうしても複数の組が同じ空間に入ってしまう場合です。そのときは、顔の写り込みを防ぐ案内の組み方に、手間をかけてください。

動画は、静止画より気を遣う

ゼクシィの記事は、模擬挙式の様子は静止画ではなく、動画で撮ることを勧めています。音声や動きを残せるからです。

動画は、静止画より、会場にとって気になる点が3つあります。

  • 音声が入る。スタッフの説明や、ほかの来館者の話し声まで記録される
  • 長時間になりやすい。ひとつの場面を丸ごと残される
  • SNSに載りやすい。「模擬挙式に行ってきた」という投稿になる

だからといって、動画を禁止にする必要はありません。SNSに載る点は、むしろ会場にとって、口コミの入口になります。気をつけるのは、模擬挙式でスタッフが演じる役の人です。役のスタッフの顔や名前が、ネットに出ることがあります。担当者が嫌がる場合は、出演前に「動画は撮られる可能性があります」と、本人に伝えておきます。

音声や音楽については、別の記事で書いた、BGMの著作権の扱いも関わります。会場で流れている音楽が動画に入ること自体は、二人の私的な利用の範囲で考えるのが一般的だと僕は理解していますが、SNSに公開されるとどうなるかは、会場の契約している音楽の利用範囲によります。ここは自社の契約を、一度確かめてください。

禁止にしたほうがよい会場

この記事は、撮影を許す方向で書いてきました。ただ、禁止を選んだほうがよい会場もあると思います。

  • 開業前の内覧会など、まだ完成していない部分が写ると困る時期。期間を限って、一部屋だけ禁止にします
  • 有名人の挙式が多く、プライバシーの管理を売りにしている会場。ここは撮影ルールそのものが、商品の一部です。禁止の理由を、最初に二人に説明します
  • 競合の調査が頻繁に入る立地。写真を撮りにくる同業者に、図面や設備の細部を渡したくない、という判断はありえます

ただ、この場合も、全面禁止にすると、計算で見たとおり、成約率の低下リスクを背負います。禁止にするなら、かわりの材料を渡すのが前提です。公式の写真集、360度の画像、動画を送る。二人が持ち帰れるものを、会場の側から用意します。

現場でやること

最後に、手順に落とします。

  1. 見学の案内の最初に、撮影のルールを30秒で伝えます。「撮影は自由です。ほかの方が写らないようにと、実際の挙式があるときだけ、お控えください」
  2. 見積書や料金表は、その場で渡す紙は最小限にして、PDFでお送りします、と先に言います
  3. 本物の挙式が動く時間帯は、見学の案内を別の場所に回します
  4. 案内の間隔を15分ずらして、同じ空間に、複数の組が重ならないようにします
  5. 禁止の場所を決めるときは、「禁止する理由」を二人に説明できる場所だけに絞ります

理由を説明できない禁止は、二人に「何か隠している」という印象を与えます。逆に、理由がはっきりしている禁止は、会場の誠実さとして伝わります。

まとめ

  • 年720組が来館する仮の式場では、見学の撮影を全面禁止にして防げるトラブルコストは、年18万円ほどです
  • 禁止で成約率が0.5ポイント下がると、失う粗利は年504万円。禁止が得になる線は、成約率の低下が0.02ポイント未満の場合だけです
  • 0.5ポイントの差を成約率から見つけるには、約47年分の来館が要ります。禁止の効果は、数字で検証できません
  • 二人が撮るのは、ゼクシィの記事も勧めている、比較のための普通の行動です。禁止すると、その会場だけ写真が残りません
  • 線を引くのは、他の来館者の顔、価格や条件の資料、本物の挙式の3か所に絞ります
  • 3か所に絞った声かけのコストは、仮に年1.2万円です。見積書は撮らせず、PDFで送ると言えば、禁止の言い方にならずに済みます
  • 動画は静止画より気を遣う点が増えますが、禁止ではなく、出演スタッフへの事前の確認と、音楽の契約の確認で足ります

見学の撮影は、禁止して守れる額が小さく、許して失う額も小さい。だから線は、守る価値のある3か所だけに引きます。