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「今日契約すればお得」は、翌週のキャンセル相談になって返ってくる

結婚式場の契約について、消費生活センターが公開している相談事例を3つ読みました。福岡市、京都府、北九州市です。読み終えて残った印象は、事例の中身がほとんど同じだということでした。

見学に行く。その場で「今日なら安い」と言われる。サインして、申込金か内金を払う。数日後にやめたいと伝える。返金できないと言われる。この流れが、自治体が違っても繰り返し公開されています。

式場の側から見ると、当日契約の割引は成約率を上げる手段です。ただ、新郎新婦の側から見ると、同じ割引が「急かされた」という記憶になって残っているようです。今日は、この3つの公開事例を材料に、当日割引・申込金・キャンセル料の3点セットが何を生んでいるのかを整理します。キャンセル対策というと契約後のフォローの話になりがちですが、僕は規定の見せ方のほうに、まだ直せる余地があると思っています。

3つの公開事例

まず事例の中身を、自治体ごとに並べます。数字は各自治体の資料に書かれているものだけを使います。

福岡市:申込金10万円が戻らなかった例

福岡市消費生活センターの「くらしのヒント」(2022年1月27日付)に載っている相談です。結婚式場を見学して、約1年後の希望日を仮押さえする書面にサインしました。詳しい見積もりはないまま、申込金10万円をクレジットカードで払っています。事情があって翌週にキャンセルを申し出たところ、申込金は返せないと言われました。理由は「約款に書いてある」でした。

センターの解説は、日程を押さえるだけのつもりでも、実際には挙式をする契約が成立していると考えられる、としています。そして解約のときは式場の約款の条件が適用され、約款に申込金を返還しないと書いてあれば、原則として返金は難しい、とも書いています。

京都府:内金20万円、契約翌日のキャンセル

京都府消費生活安全センターの事例です。2人で式場の説明を受けに行き、約5時間の説明で疲れたところで、「今日中の契約ならこの金額だが、明日以降は100万円高くなる」と言われています。冷静に判断できないまま契約して、内金20万円を払いました。翌日の夕方にキャンセルを伝えると、内金は返金できないと言われています。口頭の説明はなく、契約書面は受け取ったもののキャンセル規定は確認していなかった、という経緯です。

センターのアドバイスは4点で、その場で契約や支払いをしないこと、支払うお金の性質(申込金、予約金、仮押さえ金、内金、手付金のどれか)と返金の有無を確認すること、契約の成立時期とキャンセル料がいつどれだけかかるかを確認すること、キャンセル料の内訳を確認することです。

北九州市:契約金額340万円の10%、34万円

北九州市立消費生活センターの啓発資料(令和4年10月20日号)の事例です。1か月前に式場を見学し、早めの予約がお得だと説明を受けて、1年以上先の挙式と披露宴を340万円で予約しました。その後に別の気に入った式場が見つかり、キャンセルを伝えたところ、契約金額の10%にあたる34万円のキャンセル料を請求されています。

資料は、いったん有効に成立した契約は一方的に解約できないと書いています。さらに、請求額が高すぎるとして裁判になったケースもあるが、消費者側の主張が認められることは難しい状況だ、と続けています。

事例から見えること

3件を並べると、目につく点が4つあります。

1つ目は、どの事例にも「その場で決めた」という要素があることです。福岡市は仮押さえの書面、京都府は「今日中なら」、北九州市は「早めの予約がお得」。形は違っても、検討の時間を縮める力が働いています。福岡市の解説は、「今日契約すれば○%引く」「今予約しないとすぐ埋まる」と急がされて契約するケースがあると、はっきり書いています。

2つ目は、キャンセル規定を読んだ記憶がないことです。京都府の事例は「キャンセル規定は確認していなかった」。福岡市の事例は「約款に書いてあると言われた」。説明がなかったのか、聞いたけれど頭に入らなかったのかは、資料からは分かりません。ただ、お客様の記憶の上では「聞いていない」になっています。

3つ目は、お金の名前が揃っていないことです。申込金、内金、予約金、仮押さえ金、手付金。京都府のアドバイスにこの5つが並んでいるくらいで、呼び方が式場ごとにばらばらです。新郎新婦は名前から返金の有無を判断できません。

4つ目は、クーリング・オフが使えないと知らない人がいることです。福岡市の資料は、結婚式場で結んだ契約にはクーリング・オフは適用されない、と明記しています。「冷静になって考え直したい」ときの逃げ道が、制度上はありません。

福岡市の資料にある一文

福岡市の資料には、僕がいちばん重く読んだ一文があります。結婚式場に関する相談のうち、最も多いのは解約料をめぐるものだ、という内容です。コロナ禍で感染対策を徹底して見学会や挙式が行われている中でも、この傾向は続いている、と書かれています。

これは福岡市センターが受けた相談についての記述で、全国の件数ではありません。式場ごとの発生率でもありません。ただ、公の窓口に持ち込まれる結婚式の相談のうち、いちばん多い項目が「お金を返すか返さないか」だということは、式場側が知っておいていい事実だと思います。

法的に勝てることと、残るものは別

京都府の資料は、キャンセル料が事業者の「平均的な損害」を超える場合、消費者契約法第9条第1号により、キャンセル料条項の一部が無効になる可能性がある、と書いています。ただし、無効になるかは個別の事案ごとの判断で、事前に確認して納得してから契約することが重要だ、とも添えています。

北九州市の資料は、その逆から書いています。裁判になったケースもあるが、消費者側の主張が認められることは難しい、という書き方です。

同じ「キャンセル料が高いと感じたら」という場面について、京都府は「一部無効になる可能性」を、北九州市は「認められにくい」を、それぞれ強調しています。どちらも嘘ではなく、事案によって結果が変わるということです。僕は法律の専門家ではないので、どちらが正しいとは書きません。ここで確かめたいのは、式場の経営者にとっての別の問いです。

仮に、請求が法的に通る場合でも、お客様の側に「急かされた」「聞いていない」という記憶が残っていたら、その後に何が起こるか。

結婚式の契約は、キャンセルになってもお客様と式場の関係が終わるだけではありません。お客様は、友人や家族に「あの式場は大変だった」と話す可能性があります。式場の検索で口コミを書く可能性もあります。検索してから見学を決める人が、口コミを読む可能性は高いと僕は見ています。キャンセル料を満額もらえたとしても、その後の指名検索や口コミで失うものがあるなら、収支は単純ではありません。

簡単な計算

ここで、数字を入れて確かめてみます。以下は事例の数字を使った試算で、実在の式場の数字ではありません。

北九州市の事例どおり、契約金額が340万円、キャンセル料が10%なら34万円です。この34万円は、式場にとって満額が入る場合の最大の収入だと考えてください。

ここに、キャンセルした本人が書く口コミ1件を置きます。口コミ1件が、見学予約をやめさせる確率を何%と見るかで、結果が変わります。たとえば、その口コミを読んだ見学予約前の人が100人いて、そのうち2人が候補から外したとします。この2人が、成約率30%で契約金額340万円の見込み客だったとすると、失う期待売上は次のとおりです。

2人 × 30% × 340万円 = 204万円

もちろん、100人のうち2人が候補から外すという前提は、根拠のある数字ではありません。口コミの影響を示す公開データも、ここでは使っていません。僕が言いたいのは数字そのものではなく、構造です。キャンセル料は一回きりの収入で、口コミは読まれる限り効き続ける、という非対称性があります。34万円と比べるべき相手は、キャンセルした本人ではなく、その後に検索する人たちです。

この計算を自社の数字で置き換えるときに必要なのは、次の3つです。

  • 自社の平均契約金額
  • 見学から契約までの成約率
  • キャンセル後に書かれる口コミの件数(Googleマップや結婚情報サイト)

どれも、ふだんの集客の数字の中に入っています。新しい調査をしなくても、自社の過去1年の口コミを読み返せば、見当はつきます。

割引を残したまま、急かし方だけ変える

ここまで読むと、「当日割引をやめろという話か」と思われるかもしれません。違います。割引を提示すること自体を、僕は悪いと思っていません。問題になっているのは、割引の期限が「検討する時間」を奪う形になっているところです。

3つの事例から、直せるところを3つだけ挙げます。

1. 割引の有効期間を、持ち帰れる長さにする

京都府の事例では、契約を急がされた末の翌日キャンセルでした。仮に「今日中」を「7日以内」にしたら、同じお客様は持ち帰って考えてから契約するか、やめるかを決められます。契約するなら、キャンセル率は下がるはずです。やめるなら、申込金のやり取りもトラブルも起きません。成約率は一時的に下がるかもしれませんが、これは試算ではなく検証が必要な部分です。

2. 申込金の名前と返金条件を、契約書の1ページ目に置く

京都府のアドバイスに「名前はさまざま」とあるのは、式場の側が揃えれば消せる問題だということです。名前を揃え、返金の有無、返金する場合の期限を、契約書の最初のページに太字で置きます。福岡市の事例の「約款に書いてあると言われた」は、約款の中ではなく、署名する場所の目の前に書いておけば、言い合いになりません。

3. キャンセル料の表を、見積書と同じ紙にのせる

3件とも、キャンセル料は「契約したあとで知るもの」になっていました。見積書と同じ紙に、挙式日からさかのぼった時期ごとのキャンセル料を並べておけば、お客様は契約前に自分でその数字を見ます。北九州市の資料のアドバイスは、契約の成立時期とキャンセル料の時期と額を確認しておくこと、でした。この確認を、お客様の努力ではなく、式場の書類の側で済ませてしまう発想です。

いずれも、割引の額やキャンセル料の額は変えません。変えるのは、お客様がそれを知る順番だけです。

受け取り方が分かれるところ

この3つの対策は、すべての式場に合うとは限りません。

当日の成約率が極端に高く、キャンセルがほとんど出ていない式場なら、今の見せ方で困っていないはずです。その場合は、規定を動かす理由がありません。逆に、キャンセル後の口コミが目立つ式場や、見学後の連絡が途切れる率が高い式場は、見せ方を変えると効く可能性があります。

もう1つ、判断が分かれる点があります。キャンセル料の表を最初に見せると、「キャンセルする前提なのか」と受け取る人がいるかもしれません。京都府の資料は、キャンセルという言葉は出しにくいが、後のトラブル防止のために確認が必要だ、と書いています。出しにくいのは新郎新婦の側だけでなく、式場の側も同じです。出しにくいから後回しになる。後回しにしたぶん、事例に出てくる形で返ってくる。この順番は、3件のどれでも変わっていません。

まとめ

  • 福岡市、京都府、北九州市の消費生活センターが公開している結婚式場の相談事例は、「当日の急かし」と「規定を読んだ記憶がない」が重なっており、京都府の資料ではお金の名前がばらばらなことも指摘されている
  • 福岡市の資料は、結婚式場の契約にクーリング・オフは適用されないこと、結婚式場の相談で最も多いのは解約料だと明記している
  • キャンセル料が法的に通るかは、京都府が「一部無効の可能性」、北九州市が「消費者側は認められにくい」と書いており、事案によって分かれる
  • 請求が通ったとしても、お客様に「急かされた」という記憶が残れば、口コミと検索を通じて、キャンセル料より大きいものを失う可能性がある
  • 直せるのは額ではなく順番で、割引の有効期間、申込金の名前と返金条件、キャンセル料の表の3つを、契約前にお客様の目に入る場所へ移すことになる