前撮りを契約特典で無料にすると、仮の式場では年576万円の原価が出る。取り返すのは成約年4.3組、使われる割合が6割から4割に落ちれば年2.8組で済む
契約特典に前撮りをつける。結婚式場の見積もりや来館時の提案で、よく見る手です。写真は二人の記憶に残り、SNSにも出やすく、「特典がつく」と言えば検討の背中も押せます。
ただ、特典は無料に見えて、会場には原価が出ています。しかも前撮りの原価は、契約した全員にかかるわけではありません。実際に撮った組にだけかかります。ここを区別しないまま「全員分の原価」と見積もると、損益の読みが大きくずれます。
結論から書きます。年120組・来館400組の仮の式場で、前撮りを契約特典につけると、使う割合が6割のとき年576万円の原価が出ます。取り返すには成約が年に4.3組、成約率で1.07ポイント増える必要があります。使う割合が4割に落ちれば、必要な増加は年2.8組、成約率で0.7ポイントまで下がります。同じ特典でも、「何組が使うか」で採算が1.5倍動くということです。
この記事の数字は、すべて僕が置いた仮のものです。統計や調査の数字は使っていません。原価も利用率も会場ごとに違うので、自分の会場の数字に置き換えて読んでください。
前提:原価8万円、使う割合6割、年120組
仮の式場を決めます。
- 年間の来館は400組、成約は年120組(成約率30%)
- 1組あたりの粗利は140万円(ほかの記事でも使っている仮の値です)
- 前撮りの原価は1組8万円。提携のフォトスタジオに支払う撮影料とデータ代、衣装の追加分を合わせた額として置きました
- 契約特典として前撮りをつけた場合、実際に撮影する組は契約者の6割
原価8万円は僕が置いた値です。撮影のプランや衣装の扱いで、会場ごとにかなり違います。この記事では、6万円、8万円、10万円、12万円と動かして見ます。
使う割合の6割も仮です。前撮りは、挙式の数か月前に、二人の休日を合わせて撮影します。仕事の都合で日程が合わない二人、すでに別の写真館で撮る予定の二人、ロケ撮影ではなく式当日の写真で足りると考える二人は、特典があっても使いません。使う割合は、契約者の層や特典の中身で大きく変わるはずです。
特典の原価は「全員分」ではなく「使った分」
1組あたりの原価を、使う割合で割り戻します。
- 原価8万円、使う割合6割 → 契約1組あたり4.8万円
- 年120組なら、年に576万円
全員が使うと考えて8万円×120組=960万円と見積もると、実際の576万円より400万円近く多く見えます。逆に、使う割合を考えずに特典を設計すると、「思ったより使われた」月に原価が一気に膨らんで、あとから収支が合わなくなります。
使う割合は、特典を始める前に決められる数字ではなく、始めてから測る数字です。測るためには、契約者ごとに前撮りの予約があったかどうかを記録する必要があります。
成約がいくつ増えれば取り返せるか
特典で成約が増える分と、原価の合計を比べます。成約が1組増えると粗利は140万円入りますが、その1組も前撮りを使うことがあるので、4.8万円ぶんは目減りします。
特典なしの粗利に対する、必要な成約の増加は次のとおりです。
必要な増加=(年の原価)÷(1組の粗利−1組あたりの原価)
使う割合を動かした結果です。原価は8万円です。
| 使う割合 | 1組あたりの原価 | 年の原価(120組) | 必要な成約の増加 | 成約率に直すと |
|---|---|---|---|---|
| 4割 | 3.2万円 | 384万円 | 年2.8組 | 0.70ポイント |
| 6割 | 4.8万円 | 576万円 | 年4.3組 | 1.07ポイント |
| 8割 | 6.4万円 | 768万円 | 年5.8組 | 1.44ポイント |
| 10割 | 8.0万円 | 960万円 | 年7.3組 | 1.82ポイント |
全員が使う場合、成約率は1.82ポイント上がらないと元が取れません。来館400組に対して、7組に近い成約が上積みされる計算です。使う割合が4割なら、その半分以下で済みます。
次に、原価を動かします。使う割合は6割です。
| 前撮りの原価 | 1組あたりの原価 | 年の原価 | 必要な成約の増加 | 成約率に直すと |
|---|---|---|---|---|
| 6万円 | 3.6万円 | 432万円 | 年3.2組 | 0.79ポイント |
| 8万円 | 4.8万円 | 576万円 | 年4.3組 | 1.07ポイント |
| 10万円 | 6.0万円 | 720万円 | 年5.4組 | 1.34ポイント |
| 12万円 | 7.2万円 | 864万円 | 年6.5組 | 1.63ポイント |
原価が6万円から12万円に倍になると、必要な成約の増加も2倍になります。提携先の撮影料の交渉は、特典の損益に直接効きます。
成約率1ポイントは、見分けられるか
必要な増加が1ポイント前後というのは、現場の感覚としては小さくありません。成約率30%の会場で、31%になるということです。
年400組の来館で、成約率30%のとき、成約の数のばらつきは標準偏差で約9組です(二項分布で計算)。年4組や5組の増減は、偶然だけでも毎年動く範囲に収まります。
つまり、前撮り特典を始めた年に成約が5組増えても、それが特典のおかげかどうかは数字から決められません。逆に、特典をつけたのに成約が増えなかった年があっても、特典に効果がなかったとは言えません。
原価の側は、使った組の数だけ確実に出ます。成約が増えた側は、増えたと言い切れません。この非対称は、特典の判断全般に共通します。
見るべきなのは、成約の数ではなく、その手前の数字です。
- 来館で見積もりを出した組のうち、前撮りを話題にした組の割合
- 前撮り特典を見せた組と、見せなかった組での、見積もりから返事までの日数
- 競合の見積もりを持っている組のうち、前撮りが決め手になったと担当者が記録した組の割合
どれも、担当者の記録から拾える数字です。始める前に、記録の項目を決めておきます。
有料だった前撮りを無料にする場合
もうひとつ、よくあるのが、いままで有料で売っていた前撮りを特典に変える場合です。
仮に、前撮りを12万円で売っていて、購入する組が契約者の3割いたとします。原価が8万円なら、1組あたり4万円の粗利が出ていました。
- いまの前撮りの粗利:4万円×3割×120組=144万円
- 特典にしたときの原価:4.8万円×120組=576万円(使う割合6割)
特典にすると、これまでの粗利144万円を失い、新たに原価576万円が出ます。差し引き720万円です。必要な成約の増加は、720万円÷(140万円−4.8万円)=5.3組で、成約率なら1.33ポイントになります。
特典の原価576万円だけを見て判断すると、有料の前撮りの粗利を見落とします。いま売れている商品を特典にする場合は、その商品の粗利も費用に入れます。
特典にして得をするのは、「いまは売れていない商品」を特典にする場合です。たとえば、有料で提供していたが購入する組がほとんどいない前撮りなら、失う粗利が小さいので、特典のほうが採算は有利です。
全額無料ではなく、半額補助にする
全額無料の特典は、わかりやすい一方で、原価の負担が大きくなります。次の選択肢は、補助額を絞ることです。
使う割合は6割、補助する額を変えます。
| 補助する額(使う組ごと) | 1組あたりの原価 | 年の原価 | 必要な成約の増加 | 成約率に直すと |
|---|---|---|---|---|
| 2万円 | 1.2万円 | 144万円 | 年1.0組 | 0.26ポイント |
| 4万円 | 2.4万円 | 288万円 | 年2.1組 | 0.52ポイント |
| 8万円(全額) | 4.8万円 | 576万円 | 年4.3組 | 1.07ポイント |
2万円補助なら、成約が年に1組増えれば元が取れます。補助額を絞ると、必要な増加がほとんど比例して小さくなります。
ただし、補助額が小さいほど、二人にとっての魅力は薄くなります。「前撮り2万円引き」では、特典として見積もり比較の場で効かないかもしれません。ここは数字では決まらず、会場の客層と競合の特典の出し方で決まります。
二人にとって意味のある額で、会場が持てる額の間を探すことになります。
前撮り後にキャンセルが出たら
前撮りは、挙式の数か月前に行います。その後にキャンセルが出ると、使った原価は戻りません。
年120組でキャンセル率を5%、つまり年に6組と置きます。そのうち半分が前撮りの後に起きるとします。使う割合を6割、原価を8万円とすると、取り返せない原価は、
120組×5%×50%×60%×8万円=約14万円
です。年576万円の原価に比べて小さく、判断を覆す額ではありません。ただし、キャンセルの時期が前撮りの後に偏る会場では、この額は大きくなります。たとえば、前撮りの後のキャンセルが7割なら、約20万円です。
もう一つ見ておくのは、キャンセル規定です。前撮りの原価が戻らない場合に備えて、キャンセル料の規定に、撮影済みの特典の実費を含められるかどうかを確認しておきます。この点は、会場ごとの契約書と消費者契約の考え方に沿って決めることになるので、一般論では決まりません。
前撮りの原価を下げる手は、いくつかある
必要な成約の増加は、原価が下がれば比例して下がります。原価を下げるやり方を挙げます。
- 提携先の撮影料を、年間の撮影件数で交渉する。年70組を超える撮影を保証できるなら、1件ごとの単価を下げやすくなります
- 衣装を会場の自社衣装に限る。持ち込みや外部レンタルを認めると原価が上がります
- 撮影の曜日や時期を絞る。平日や閑散期なら、スタジオ側も単価を下げやすくなります
- 撮影データの枚数を決める。無制限にすると編集の費用が膨らみます
ただし、原価を下げるほど、特典の魅力も下がります。二人が見る前撮りの価値と、会場が払う原価は、同じものを違う角度で見ているだけです。原価だけを削ると、特典が特典として効かなくなります。
使う割合を、会場が動かせるか
使う割合は、結果として決まる数字ではなく、設計できる数字でもあります。
- 使用期限を設ける:挙式の3か月前までに撮影、のように切る。期限が短いほど使わない組が増え、原価は下がります。ただし、二人の不満が増えるので、期限の決め方は注意が必要です
- 予約を契約時に取る:契約時に撮影日の候補を決めてもらう。使う割合は上がるが、原価も上がる
- 使うかどうかを選べる:前撮りか、ほかの特典(装花のアップグレードなど)を選べる形にする。選ばれなかった分の原価は出ません
使う割合を意図的に下げて原価を抑えるやり方は、二人から見ると「特典をつけると言ったのに、使えない」という印象になります。この点は、損益の数字と、二人の信頼のどちらを優先するかの判断です。ここでは計算の枠を示すだけにとどめます。
やる前に確かめること
前撮りを特典にする前に、確認することが3つあります。
1つ目は、いまの前撮りの実績です。有料で売っている場合は、購入した組の割合と、1組あたりの粗利。特典にした場合に失う額が、ここで決まります。
2つ目は、提携先との契約です。撮影件数の保証や、キャンセル時の取り扱いがどうなっているかを確認します。特典にして撮影件数が増えたときに、単価が下がるなら、採算はその分改善します。
3つ目は、やめる条件です。半年後に、見積もりで前撮りを話題にした組の割合や、返事までの日数が変わっていなければ、特典を見直す。始める前に線を引いておかないと、原価だけが残ります。
特典にしないほうがよい場合
数字の上では成り立っても、特典にしないほうがよい会場もあります。
- 前撮りの有料販売が、すでに安定した粗利になっている会場。特典にすると、失う粗利が大きくなります
- 提携先のスタジオの稼働に余裕がなく、撮影の枠が足りない会場。特典で使う組が増えても、撮影できなければ不満が出ます
- 競合の会場がすでに同じ特典を出している地域。差別化にならず、原価だけが増える可能性があります
どれも、一般論ではなく自分の会場の契約と数字の話です。
まとめ
- 前撮り特典の原価は、契約者全員ではなく、使った組の分だけ出る。原価8万円・使う割合6割なら、契約1組あたり4.8万円、年120組で576万円
- 取り返すには、成約が年4.3組、成約率で1.07ポイント。使う割合が4割なら年2.8組、10割なら年7.3組と、利用率で採算が大きく動く
- 原価が6万円から12万円に倍になれば、必要な成約の増加も年3.2組から6.5組へ倍になる。提携先との単価交渉は、特典の損益に直接効く
- 年400組の来館では、成約の偶然のぶれが標準偏差で約9組ある。特典の効果は成約数では見分けられないので、見積もりで前撮りが話題になった割合のような手前の数字で見る
- いま有料で売れている前撮りを特典にすると、失う粗利も費用になる。仮の条件では必要な増加が年4.3組から5.3組に上がる
- 半額補助なら、必要な増加はほぼ半分になる。ただし、補助額が小さいと特典として効かないので、補助額は客層と競合で決める
- 始める前に、やめる条件を決めておく。決めないまま始めると、原価だけが残る
