式場の契約書の見本は、見学の最初に渡すか契約当日まで出さないか
契約書や約款を二人が初めて目にするのは、いつでしょうか。多くの式場では、契約当日です。見積もりに納得してもらい、「ではこちらにサインを」と書類を出す。その瞬間まで、条件の文面は見せていない。これが普通の流れだと思います。
ただ、ここに小さな落とし穴があると僕は見ています。二人が見積もりの総額には納得していても、キャンセル料の段階、日程変更の扱い、内金の戻り方といった文面を初めて読むのが契約の場だと、「ちゃんと読んでから決めたい」という気持ちが出ます。これは当然の反応です。そして式場の側は、この反応を「迷っている」と受け取りやすい。
この記事の結論は、契約書の見本は、遅くとも見積もりを出すのと同じタイミングで渡したほうがいい、というものです。見学の最初に渡すかどうかは、会場の事情で分かれます。契約当日まで出さない運用は、取りこぼしの面でも、二人の安心の面でも、割に合わないことが多いはずです。
なお、この記事に出てくる組数や金額は、すべて僕が置いた仮の数字です。業界の平均や実績ではありません。自分の会場の数字に置き換えて読んでください。
「持ち帰ります」の一部は、書類を読む時間の話
見学のあと、二人が「一度持ち帰ります」と言う。理由はたいてい、金額か、他の式場との比較だと考えられています。もちろん、それが多いでしょう。
ただ、契約当日に限って言えば、持ち帰る理由にもうひとつ加わります。「書類を読んでいない」です。契約書は、読めば長い。キャンセル料の表があり、支払いの期日があり、日程変更の条件があり、天災や感染症のときの扱いがある。サインの前に全部読みたいのは、慎重な二人ほどそうです。
その場で15分読んでもらうこともできます。でも、目の前で担当者が待っている状況で、じっくり読める二人は多くありません。結果として、「家で読ませてください」になる。ここで持ち帰った二人は、他の式場の見学や家族との相談を挟みます。戻ってくる保証はありません。
つまり、金額に納得し、会場も気に入っているのに、書類の読み込みが理由で一度離れる。この層が存在するはずです。ここは見学の質を上げても減らせません。書類を出す時期を変えるだけで減らせる可能性があります。
見本を渡す時期は三つある
渡す時期は、大きく三つに分けられます。
- 見学の最初:見学の冒頭か、受付で、契約書の見本と約款を渡す
- 見積もりと同時:見学の最後に見積もりを出すとき、一緒に渡す
- 契約当日:二人が契約すると決めたときに初めて出す
それぞれ、式場の側の得失は違います。
見学の最初に渡す
メリットは、二人が見学のあいだに読めることです。移動中や待ち時間に読んでもらえて、疑問が出たら見学中に聞いてもらえる。「条件を隠していない」という印象も作りやすい。
デメリットは、見学の流れが変わることです。最初に分厚い書類を渡されると、「まだ契約する気はないのに」と構える二人もいます。見学の目的は会場を見ることなので、書類が先に来ると温度が合わなくなる場合があります。特に、フェアの集客でカジュアルに来た二人には重い。
見積もりと同時に渡す
ここがいちばん無理のない位置だと思います。見積もりは、金額の条件です。契約書は、金額以外の条件です。二人が「この式場にしたらいくらで、どんなルールか」を考えるとき、両方が揃っているほうが判断しやすい。
デメリットは小さく、準備の手間くらいです。見学の最後に出せる形(数ページの要約か、見本そのもの)に整えておく必要があります。
契約当日に初めて出す
メリットは、書類を持ち歩かれないこと。式場の条件が、比較の材料として他社に見られないこと。そして、運用が今のままで済むことです。
デメリットは、先ほど書いた持ち帰りの理由が増えることです。さらに、契約書を見てから「この条件は受け入れにくい」と言われると、見積もりと見学で積み上げた時間が、最後の場面で崩れます。
仮の数字で、取りこぼしを計算する
契約当日にだけ書類を出す運用で、どれくらい取りこぼしが出るかを、仮の式場で計算します。前提を先に置きます。
- 月の見学が100組
- そのうち、金額と会場に納得して「契約したい」と言う二人が40組
- 契約当日に初めて書類を見て、「読んでから決めたい」と持ち帰る二人が、その40組のうち一定割合いる
- 持ち帰った二人のうち、後日契約に戻ってくるのは半分とする
- 1組あたりの粗利は60万円とする
持ち帰る割合は分からないので、10%、20%、30%の三つで見ます。
| 持ち帰る割合 | 持ち帰る組数 | 戻らない組数(半分) | 失う粗利 |
|---|---|---|---|
| 10% | 4組 | 2組 | 120万円 |
| 20% | 8組 | 4組 | 240万円 |
| 30% | 12組 | 6組 | 360万円 |
どの割合が実態に近いかは、僕には分かりません。ただ、1割でも月に2組、粗利で120万円です。年に直せば1,440万円です。ここで大事なのは、割合の当たり外れより、この損失が見学の数字にも、成約率の数字にも「書類の読み込み」として現れないことです。「検討します」の中に混ざってしまうので、原因が見えません。
戻る割合も仮です。半分より高ければ損失は減りますし、低ければ増えます。ただ、持ち帰った二人が他の式場を見学する時間をもらうことは確かなので、戻る割合が1に近いと考えるのは楽観的です。
見本を早く渡すと、何が起きるか
では、見積もりと同時に渡す運用に変えたとき、何が変わるのか。
二人は、見学の帰りの電車や、その日の夜に、契約書を読めます。疑問があれば、その場の質問か、翌日の連絡で聞けます。式場の側から見ると、「契約書のこの条項が気になる」という質問が、契約の前に届く。これが大きい。
契約当日に初めて出していると、その質問は契約の場で出るか、契約後に出ます。契約後に出る質問は、「聞いていなかった」「違うと思っていた」というトラブルに育つことがあります。契約前に出る質問は、説明すれば済む問い合わせで終わることが多い。
さらに、よく聞かれる条項が分かります。たとえば、キャンセル料の段階を聞かれる回数が多いなら、見学のときの説明にその項目を足せます。前に別の記事で書いた「後で決めてよいことを先に渡す」と同じ発想で、先に答えを置いておくわけです。
見本を渡すと不利になる場合もある
いいことばかりではありません。見本を渡す運用が合わない会場もあります。
条件が他社より厳しい場合。 キャンセル料の段階が厳しい、日程変更の扱いが固いなど、条件が他社より重い会場は、早く見せると比較で不利になります。ただ、これは見せなくても契約後に分かることで、契約後の不満になるくらいなら、見学の時点で比べてもらったほうが後のトラブルは減ります。そのうえで、条件が重い理由(人気日の確保、材料の発注など)を説明できる準備が要ります。
契約書の文面が長く、素のままでは読めない場合。 渡しても読まれません。この場合は、見本そのものより、要点を1枚にまとめた紙を渡すほうが、効果があります。ただし、その紙が契約書と食い違わないことが前提です。要約が本文と違えば、後で揉めます。
書類が頻繁に改定される場合。 見本の版が古いまま二人の手元に残ると、契約時の版と食い違います。見本には「いつ時点の版か」を書き、契約時に最新版との違いがあれば説明する運用にします。
渡し方の段取り
見積もりと同時に渡すと決めたときの、具体的な手順です。
- 見本と要点の紙を分ける。 見本は契約書そのもの。要点の紙は、A4の1枚で、キャンセル料の段階、支払いの期日、日程変更の扱い、内金の戻り方の四つだけを書く
- 渡すときの一言を決める。 「契約の前に読んでいただけるよう、見本をお渡ししますね。気になるところがあれば、遠慮なく聞いてください」くらいでいい。「サインを急がせるための書類ではない」と伝わる言い方にする
- 版と日付を書く。 見本の表紙に、いつ時点の版かを入れる
- 質問を記録する。 見本を渡した二人から、どの条項について質問が来たかを数える。多い条項は、見学の説明に先に足す
- 契約当日は、見本からの変更点だけ確認する。 読み込みの時間を、二人がすでに済ませている状態にする
最後の項目が、この運用のいちばんの狙いです。契約当日の時間を、書類を読む時間ではなく、決める時間に変えます。
数え方を決める
効果があったかどうかは、見学の数字だけでは分かりません。次の二つを数えます。
- 契約意向の二人のうち、契約当日に持ち帰った割合。 運用を変える前と後で比べる。「持ち帰り」の理由を、担当者が一言で記録する(金額、比較、書類、家族、その他)
- 契約前に出た契約書への質問の件数と中身。 件数が増えるのは悪いことではなく、契約後のトラブルになる質問が前倒しで出ている証拠かもしれない
月に100組の見学では、割合は揺れます。1か月で判断せず、3か月は同じ運用を続けて見てください。持ち帰りの理由に「書類」と書く習慣がないうちは、まずそこから始めます。理由を記録しないと、この問題は数字に出てきません。
見送ったほうがいい場合
この運用を、今は見送ったほうがいい場合もあります。
- 契約書の改定を予定していて、数か月以内に内容が変わる。先に改定を済ませてから、見本を整える
- 見学の数が少なく、持ち帰りの理由を記録しても傾向が見えない。まず記録の習慣だけ作る
- 契約書の文面に、自分でも説明に自信が持てない条項がある。見本を渡す前に、担当者が説明できる状態にする
どれも、「見本を渡すこと」が悪いのではなく、渡したあとの質問に答える準備ができていないときの話です。
まとめ
- 契約書を契約当日に初めて出すと、金額と会場に納得した二人が「読んでから決めたい」と持ち帰る可能性がある
- 仮に契約意向の40組のうち1割が持ち帰り、半分が戻らないなら、月に2組、粗利で120万円の取りこぼしになる(すべて仮の数字)
- 渡す時期は、見学の最初、見積もりと同時、契約当日の三つ。無理が少ないのは見積もりと同時
- 見本とは別に、キャンセル料・支払い・日程変更・内金の四つを書いた1枚を作る
- 契約前に出る質問は、契約後のトラブルを前倒しで防ぐ材料になる
- 持ち帰りの理由に「書類」を加えて記録しないと、この取りこぼしは数字に出てこない
- 条件が重い会場こそ、早く見せて理由を説明するほうが、後の不満は減る
