式場で事故が起きた日、最初に電話する保険の窓口は事故の種類で四つに分かれる。仮の式場で免責5万円・通院60万円・ドレス40万円を当てはめると、自己負担が膨らむのは「窓口の取り違え」
式場で事故が起きた日に、最初に誰へ電話するか。決まっている式場は意外と少ないと思います。支配人は救急車の手配とお客様への対応で手一杯になり、保険の話は翌日以降に回ります。ただ、保険は事故の種類によって入口が違います。入口を取り違えると、本来は出るはずのお金が出なかったり、保険会社への連絡が遅れて「事前の了解なしに示談した」扱いになったりします。
この記事では、式場で起きる事故を四つに分けて、それぞれの窓口を整理します。数字は、損害額も免責も僕が置いた仮の前提です。実在の式場や保険商品の実績ではありません。保険の約款は会社と商品で違うので、具体的な補償範囲は必ず自社の証券と約款で確かめてください。この記事が示すのは、確かめる項目と、事故当日の連絡の順番です。
事故は「誰の、何が」で窓口が決まる
式場の事故を、被害にあったのが誰か、傷んだのが何かで分けると、次の四つになります。
- お客様やゲストが、施設の中でけがをした、持ち物を壊された(施設の管理や従業員の動作が原因)
- お客様から預かっている物が、壊れた、なくなった(ドレス、ご祝儀、引き出物、新郎新婦の持ち込み品など)
- 提供した料理や飲み物が原因で、体調を崩した
- 自社のスタッフが、業務中にけがをした
保険の側の呼び方は、1が施設所有(管理)者賠償責任、2が受託物賠償(受託者特約として付ける形がある)、3が生産物賠償(PL)、4が労災です。大阪府社会福祉協議会の施設賠償責任保険の案内では、施設の管理不備や従業員の業務上の偶然な事故による賠償を対象にする建て付けで、受託者特約や生産物特約を組み合わせる商品が紹介されています。これは福祉施設向けの案内なので、式場にそのまま当てはまるとは限りません。ただ、一つの保険証券の中に、特約として複数の入口が並ぶ作りになっていることは、式場の証券を読むときにも役に立ちます。
四つのうち、1から3は「他人に払う賠償」の保険で、4は「自社の人に出る」労災です。ここを混ぜて考えると、スタッフがお客様を支えようとして転び、二人ともけがをした日のような場面で、どちらの窓口に何を伝えるかが分からなくなります。
窓口1:ゲストの転倒や設備の事故
いちばん頻度が高いのは、段差、濡れた床、扉、椅子の転倒です。披露宴では、お酒が入ったゲストが多く、ヒールの靴の人も多いので、会場の動線のどこかで転倒が起きる確率は、他の施設より低いとは言えません。
この窓口で大事なのは、「法律上の賠償責任を負う事故」が対象という点です。式場に落ち度がない転倒、たとえば、ゲストが自分の不注意で段差を踏み外した場合に、保険金が自動で出るわけではありません。保険会社は、式場に管理上の落ち度があったか、従業員の動作に過失があったかを見ます。
ここで現場の動きとして効くのが、事故直後の記録です。
- 場所の写真(床の濡れ、段差、照明の状態が分かるもの)
- 時刻と、その場にいたスタッフの名前
- 床を拭いた直後なのか、注意の表示があったか
- ご本人が、その場でどう話したか(「自分で足を取られた」など)
これは責任をなすりつけるための記録ではありません。落ち度の有無を、あとで事実から判断できるようにするための記録です。注意表示があった、清掃の記録がある、というだけで、保険会社との話の進み方が変わります。
窓口2:預かり品の破損・紛失
結婚式は、預かり品の多い仕事です。新郎新婦の持ち込みのドレス、ウェルカムボード、ペーパーアイテム、ゲストのコートと荷物、ご祝儀袋、引き出物。クロークを設けている式場では、ゲストの荷物の数が、200人の披露宴なら100点を超える日もあると思います。
預かり品は、施設の事故(窓口1)の特約になっているとは限りません。受託物の賠償は、証券で別の項目になっていて、支払い限度額も別になっている商品が多いです。ここを見落としたまま「保険に入っているから大丈夫」と思っているのが、いちばん危ない状態です。
確かめる項目は、次の四つです。
- 受託物の賠償が、証券に入っているか(入っていなければ、預かり品は補償されない可能性があります)
- 1事故あたりの限度額と、1点あたりの限度額があるか
- 対象外の物の指定(現金、貴金属、有価証券、美術品などが対象外になる商品があります。ご祝儀は現金なので、ここが気になります)
- 預かり中の定義(クロークに入れてから返すまでか、会場の中に置いていた間も含むか)
ご祝儀の扱いは、式場によって運用が分かれます。受付で預かる運用にするのか、ゲストが新郎新婦に直接渡す運用にするのか、受付は新郎新婦側の友人が行う運用にするのか。この違いで、式場が「預かった」ことになるかどうかが変わります。保険を考える前に、運用の責任の線を決めておくと、窓口2に入る事故そのものが減ります。
持ち込みのドレスについては、免責条項の書き方と運用も効いてきます(別の記事で扱いました)。保険は、条項が無効になるかどうかを待ってくれません。契約書の側の備えと、保険の側の備えは、別々に点検するのが現実的です。
窓口3:料理が原因の体調不良
披露宴の食中毒は、頻度は低いが、起きたときの金額と信用の傷が大きい事故です。損失の流れは、別の記事で営業停止の日数と組んで計算しました。ここでは、保険の窓口だけを扱います。
窓口は、生産物賠償(PL)です。ポイントは三つあります。
- 「提供した」食品が原因であること。持ち込みの食品(新郎新婦の手作りのお菓子や、持ち込みのケーキ)が原因の場合は、誰の責任で、誰の保険かが別の問題になります
- 被害者が複数になること。1人あたりの賠償は小さくても、人数がそろうと合計が大きくなります。海外の保険業界の記事でも、食中毒は一度に多数の請求が来うる事故として、限度額と総額の確認が勧められています。この記事は英語の一般的な解説で、日本の商品の条件とは別です
- 営業停止による売上の減少は、通常のPLでは出ないことが多い点です。賠償の保険と、営業を止められた損失を補う保険(利益保険や営業中断の特約)は、別のものです
窓口3の事故では、保険会社への連絡の前に、保健所の調査への対応が始まります。保健所の調査と保険会社の調査は、同じ事実を見ますが、目的が違います。式場の中では、「保健所に出す資料」と「保険会社に出す資料」を、同じ元データから作れるようにしておくと、矛盾が出ません。具体的には、献立と仕入れの記録、調理の担当と温度の記録、ゲストの人数と席の配置、体調不良の申告の時刻です。
窓口4:スタッフのけが
四つ目は、保険の性質がまったく違います。業務中のスタッフのけがは、労災の窓口です。パートやアルバイトも対象になります。配膳の現場では、重いお盆の運搬、滑りやすいバックヤード、熱い皿、ガラス類の破損など、けがの原因が多い仕事です。
ここで混ざりやすいのが、ゲストとスタッフが両方けがをした事故です。たとえば、ゲストが転びそうになったのを支えたスタッフが、腰を痛めた場合。ゲストの側のけがは窓口1、スタッフの側は窓口4で、書類も連絡先も別です。事故報告書は一枚にまとめず、被害者ごとに分けて作ると、あとの手続きが楽になります。
仮の式場で当てはめる
三つの事故を仮に置いて、自己負担を計算してみます。前提は、すべて僕が置いた数字です。
- 免責金額:1事故あたり5万円(大阪府社会福祉協議会の案内には、身体障害と財物損壊にそれぞれ1事故5,000円の免責が書かれた例があります。式場の商品で同じとは限らないので、ここでは大きめに5万円と置きます)
- 事故1:ゲストが段差で転倒し、通院して損害が60万円
- 事故2:新郎新婦の持ち込みドレスにワインが付き、洗っても落ちず損害が40万円
- 事故3:料理が原因で12人が体調を崩し、1人あたり3万円の見舞いと治療費で合計36万円
窓口を取り違えず、どの保険にも入っている場合の自己負担は、3件とも免責の5万円だけで、合計15万円です。
一方で、事故2の受託物賠償が証券に入っておらず、窓口1(施設の保険)にだけ連絡して「対象外」と返ってきた場合は、40万円が全額自己負担になります。合計は5万円+40万円+5万円で、50万円です。窓口の取り違えだけで、自己負担が35万円増えます。
もう一つの落とし穴は、連絡の遅れです。保険会社の承認なしに、式場が先に「お見舞い金として30万円お支払いします」と約束してしまうと、約款によっては、その部分が保険の対象外になることがあります。誠意のつもりの約束が、保険の外に出た支払いになるわけです。
事故当日の連絡の順番を決めておく
ここまでを踏まえて、事故当日の動き方を、紙一枚にまとめます。決めておく項目は次のとおりです。
- 人命と安全の確保(救急、避難、現場の保全)。保険の電話は、これが済んでからです
- 支配人または当日の責任者への報告
- 事故の種類の仕分け(ゲストのけが、預かり品、料理、スタッフのけがのどれか。複数なら分けて数える)
- 現場の記録(写真、時刻、目撃者、床や備品の状態)
- 保険の窓口への連絡先と証券番号の確認(担当の代理店の電話番号を、事務所の見える場所に貼っておく)
- お客様への謝罪とお見舞いの言葉。金額や賠償の約束は、保険会社に確認が取れるまでしない
最後の項目が、現場では難しいところです。目の前で困っているお客様に「確認してから」と言うのは、冷たく聞こえるからです。使いやすい言い方を一つ決めておくとよいと思います。「治療費など、必要なことは責任を持って対応します。手続きの確認が取れ次第、すぐにご連絡します」。金額を言わず、責任の姿勢だけを言い切る形です。
年に一度、証券を読む日を決める
窓口の整理は、事故が起きる前にしかできません。年に一度、保険の更新の時期に、次の五つを確認する日を決めておくと、取り違えがほぼなくなります。
- 施設賠償、受託物、生産物の三つが、それぞれ証券に入っているか
- それぞれの限度額と免責金額
- 対象外の物と、対象外の事故(酒類の提供や貸切のイベントが、補償の条件に影響するかどうかも含めて)
- 新しく始めたサービス(ペットの同伴、屋外の演出、キッチンカー、外部業者の持ち込みなど)が、補償の範囲に入っているか
- 事故の連絡先と、当日の動き方の紙が、現場に貼ってあるか
新しいサービスを足すたびに、保険の確認が抜けていく、というのは、よくある流れだと思います。屋外の演出を足した、ペット同伴の挙式を始めた、という変更は、集客や単価の側では記録されますが、保険の側には自動では伝わりません。保険会社に変更を伝えていない状態で事故が起きると、その事故が対象になるかどうかが、あとから争いになります。
まとめ
- 式場の事故は、被害にあったのが誰か、傷んだのが何かで、窓口が四つに分かれる(施設、預かり品、料理、スタッフ)
- 窓口を取り違えると、仮の式場の計算では、3件の事故で自己負担が15万円から50万円に増える。膨らむ原因は、金額の大きさより、受託物の賠償が証券に入っているかどうかの見落とし
- ゲストの転倒は、責任の有無を事実から判断できるように、現場の写真・時刻・注意表示の記録を残す
- 預かり品は、証券の項目、限度額、対象外の物、預かり中の定義の四つを確かめる。ご祝儀は現金なので特に注意する
- 料理が原因の事故は、複数の被害者が同時に出る。賠償の保険と、営業を止められた損失の保険は別のもの
- 保険会社の了解なしに、金額や賠償の約束をしない。現場で言う一言は、あらかじめ決めておく
- 年に一度、更新の時期に証券を読む日を決める。新しいサービスを足したときは、保険会社への変更の連絡も同時に行う
