披露宴のノロウイルス食中毒で6日間の営業停止。仮の式場では粗利420万円が消え、検便と健康確認の年40万円は食中毒が年10回に1回起きれば元が取れる
結婚式場の食中毒は、起きる確率が低いわりに、起きたときの損失が極端に大きい出来事です。2024年2月17日に東京都港区の結婚式場で行われた披露宴と二次会で、出席した39人がノロウイルスの食中毒になりました。港区は6日間の営業停止処分を出しています。
結論から書きます。式場が自分で選べる対策は検便と毎日の健康確認で、仮の式場で費用を数えると年40万円ほどです。営業停止で失う粗利を420万円と置くと、年10回に1回より多く起きる見込みがあるなら、対策の費用は元が取れます。ただ、本当に難しいのは損失の計算ではなく、対策を「やっている」状態から「やっていると言える」状態に持っていく段取りのほうです。この記事では、起きた事件の中身、営業停止の損失の分解、対策費の置き方、現場の段取りの順に整理します。
先に断っておくと、損失と対策費の数字は僕が置いた仮の前提です。実在の式場の実績ではありません。事件の中身と制度の話だけが、公表資料にもとづいています。
港区の事件で公表されたこと
東京都保健医療局が2024年3月5日に公表した内容を、そのまま整理します。
- 探知は2024年2月20日(火)の午前10時30分ごろ。保健所に医療機関側から連絡が入りました
- 原因とされた食事は、2月17日(土)に結婚式場で行われた披露宴と二次会の料理です
- 患者は39人(男性27人、女性12人)。披露宴か二次会のどちらか、または両方に出席していました
- 発症は2月18日(日)の午前1時から2月20日(火)の午前7時にかけてです。自宅や職場で発症しています
- 15の医療機関で16人が受診しました。入院は0人で、患者は回復傾向と書かれています
- 病因物質はノロウイルスで、患者と調理従事者の便から検出されました
- 港区は3月5日から6日間の営業停止を出しました。施設は処分の前、3月4日から自主的に営業をやめています
ここで見ておきたいのは、時間の流れです。挙式日は2月17日です。探知は3日後の2月20日。公表と処分は2週間後の3月5日です。営業の自粛は3月4日からなので、探知から自粛までに2週間近くあいています。
この間にも予約は動いていたはずです。公表資料には書かれていませんが、そう考えるのが自然です。探知のあとに保健所が調査をして、原因施設を断定して、処分が決まるまで、式場の側は「まだ何も決まっていない」状態で、次の週末の準備を続けることになります。
もう1つ、式場の食中毒の特徴があります。患者が全国に散らばることです。参加者は新郎新婦の友人、親族、職場の人で、住んでいる場所はばらばらです。公表資料でも発症場所は自宅や職場とされていて、15の医療機関に分かれて受診しています。1つの飲食店で起きた食中毒より、保健所が全体像をつかむのに時間がかかる構造です。
営業停止6日間の損失を分解する
では、同じことが自分の式場で起きたら、いくら失うのか。仮の式場を置いて計算します。
前提は次のとおりです。
- 年間の挙式は200組。挙式がある週を年50週とすると、週あたり4組
- 1組あたりの売上は350万円、粗利率は30%(粗利は1組あたり105万円)
- 営業停止の6日間に、挙式が4組入っている(土日を1回はさむ6日間を想定)
- 停止中は、料理を出す営業はすべてできない。見学のうち試食つきのフェアも止まる
この前提で、挙式4組分の損失を出します。
- 売上:350万円 × 4組 = 1,400万円
- 粗利:105万円 × 4組 = 420万円
ここで注意したいのは、売上が1,400万円消えても、損失の中心は粗利の420万円ではないことです。実際には次の3つが重なります。
1つ目は、すでに受け取った前受金の扱いです。挙式ができなければ、式場側の事情ですから、返金か日程の振り替えになります。振り替えができる会場を探して、差額を持つ場合は、粗利の420万円より大きくなります。
2つ目は、固定費です。人件費、家賃、装飾の仕入れの一部は、営業停止の6日間も払い続けます。粗利率30%というのは、変動費を引いたあとの数字なので、固定費の負担はこの420万円にもう入っています。ただ、すでに発注した花やケーキの原価は、挙式がなくなれば戻ってこないことがあります。
3つ目が、見えにくい損失です。口コミ、検索結果、報道に「食中毒」の文字が残ります。港区の事件は、東京都が公表資料で施設の営業所の所在地を出しています。屋号は伏せられていますが、報道や口コミで式場名が特定されることはありえます。見学の成約率が下がる、問い合わせが減るといった動きが何か月続くのかは、僕は数字を持っていません。
ここでは、この3つ目を数字にせず、粗利の420万円に「80万円の上乗せ」を置いたケースも並べます。80万円という数字に根拠はありません。損失が420万円より膨らむ場合、対策費がどう見えるかを確かめるための仮置きです。
- 損失が420万円のとき
- 損失が500万円のとき
この2つで、対策費の元が取れる発生頻度を比べます。
対策費を数える
次に対策の費用です。式場が自分で選べる対策のうち、公表資料と厚生労働省のマニュアルで確かめられるのは、検便と毎日の健康確認です。
厚生労働省の「大量調理施設衛生管理マニュアル」には、調理従事者に月1回以上の検便を受けさせることが書かれています。検査項目には腸管出血性大腸菌を含め、10月から3月の間は月1回以上、または必要に応じてノロウイルスの検便検査を受けさせるよう努めることとされています。さらに、衛生管理者に毎日、作業開始前に調理従事者の健康状態を確認させ、記録させることも求めています。
注意が要るのは適用範囲です。このマニュアルの対象は、同一メニューを1回300食以上、または1日750食以上提供する施設です。披露宴1組が60人から80人、1日に3組入れても、多くの式場は対象に入りません。つまり、法的な義務というより、参考にできる基準という位置づけになります。
一方で、食品衛生法そのものは別の話です。2018年の改正により、HACCPに沿った衛生管理が制度化され、2021年6月1日から原則としてすべての食品等事業者に求められています。小規模な事業者は、業界団体の手引書を使った簡略化した管理でよいとされています。式場の厨房は、規模にかかわらず、この枠組みの中にいます。
では、検便と健康確認の費用を、仮の前提で置きます。
- 調理に入る人は、社員とアルバイトを合わせて15人
- 検便(腸管出血性大腸菌など)は1人1回1,000円。月1回で年12回
- ノロウイルスの検査は1人1回2,500円。10月から3月の6か月、月1回
- 毎日の健康確認の記録は、紙かスプレッドシートで、追加の費用はほぼなし。ただし確認と記録に1日5分かかると仮定する
計算すると、こうなります。
- 検便:15人 × 1,000円 × 12回 = 18万円
- ノロウイルス検査:15人 × 2,500円 × 6回 = 22.5万円
- 合計:40.5万円(端数を丸めて年40万円)
これは検査の外部費用だけです。健康確認の5分は、15人が1日あたり約1時間15分の追加になりますが、実際は朝礼で口頭で聞くだけの会場もあって、会場によって差が大きいと思います。ここでは数えていません。
元が取れる頻度を出す
損失と対策費が置けたので、損益分岐を出します。
- 損失420万円のとき:40.5万円 ÷ 420万円 = 9.6%。つまり、10年に1回くらい起きる見込みがあれば、対策費は元が取れる
- 損失500万円のとき:40.5万円 ÷ 500万円 = 8.1%。12年に1回くらいで元が取れる
この計算には、1つ大きな注意があります。検便と健康確認をやれば食中毒が0になる、という前提で計算していないことです。検便は、検査した日の時点の保菌状態を調べるものです。無症状の保菌者を見つけられる可能性はありますが、検査の翌日に感染する人は拾えません。
だから、本当に比べているのは「対策費」と「対策をしたことで下がる発生確率に、損失を掛けた金額」です。対策で発生確率が半分になるなら、元が取れる頻度は、先ほどの10年に1回の倍、つまり5年に1回に厳しくなります。
- 損失420万円、対策で発生確率が半分になる場合:40.5万円 ÷ (420万円 × 0.5) = 19.3%。5年に1回の発生を、半分にできる見込みがないと、数字だけでは元が取れない
こう並べると、検便と健康確認だけで経営判断をするのは危ういと分かります。費用が小さいのは確かですが、効果の大きさは僕にも見えません。港区の事件を見る限り、原因は調理従事者から料理への汚染とされています。検便で見つかる保菌者は一部で、手洗いや作業の分け方、症状が出た人を調理から外す運用のほうが、効く場面は多いはずです。
費用より先に決めておく3つの段取り
ここまでの計算から言えるのは、対策費の金額そのものが論点ではないということです。数字を置いて見えてくるのは、事件が起きた後の段取りに、検便より大きな差が出ることです。
症状が出た人を、誰が調理から外すか
ノロウイルスは、下痢や嘔吐の症状がある人が調理に入ると、料理を汚染しやすいと言われています。厚生労働省の資料でも、症状がある調理従事者は医療機関を受診して、感染性の病気かどうかを確かめることとされています。
問題は、挙式のある土日に、人手が足りない中で「具合が悪いので休みます」と言えるかどうかです。仮に調理に入る15人のうち1人が、土曜の朝に下痢の症状を申告したとします。その日の代わりの人を探す仕組みが無い会場では、本人が黙って入るか、責任者が見て見ぬふりをするしかなくなります。
決めておくのは、申告した人が不利にならない約束です。欠勤扱いにしない、代わりの人を呼ぶ連絡先を決めておく、といったことです。これは費用ではなく、取り決めの話です。
探知から営業をやめるまでの判断を、誰がするか
港区の事件では、探知が2月20日、自粛が3月4日でした。この2週間の間に何があったのかは、公表資料から分かりません。ただ、式場の側から見ると、保健所から連絡が入った時点で「次の週末の挙式をどうするか」を決める必要があります。
判断する人を、あらかじめ決めておきます。社長なのか、料理長なのか、支配人なのか。保健所の調査に協力することと、次の週末の予約を続けることは、別の判断です。前者は協力以外の選択肢が無く、後者は式場が決めることです。
二人に何を、いつ伝えるか
食中毒が疑われる事案が出たとき、次に挙式を控えた二人にいつ、何を伝えるかも、先に決めておく項目です。
伝えなければ、あとから二人が報道で知ることになります。伝えるなら、保健所の調査の途中で、何が分かっていて何が分かっていないかを、言い切れる範囲で言うしかありません。僕は、この部分に正解があるとは思っていません。ただ、決めずに迎えると、最初の1本の電話の対応が、人によって違うものになります。
小さな式場ほど、起きたときの大きさが違う
仮の式場は年200組でしたが、年60組の小さな式場だとどうなるか。挙式がある週を50週とすると、週あたり1.2組です。6日間の停止で失う挙式は1〜2組。粗利でいうと105万円から210万円です。
対策費は、調理に入る人が5人なら、検便が6万円、ノロ検査が7.5万円で、年13.5万円ほどです。損失105万円に対して13.5万円は12.9%、およそ8年に1回です。損失210万円なら6.4%、およそ16年に1回になります。
小さな式場は、損失も対策費も小さくなりますが、割合はあまり変わりません。むしろ、停止期間中に振り替えられる先が少ないぶん、見えにくい損失が重くなる可能性があります。ここは僕の想像で、数字は持っていません。
自分の数字で確かめる方法
この記事の数字は仮のものなので、自分の会場に当てはめて確かめる手順を書きます。
- 6日間の営業停止で入っている挙式の組数を数える。 今月と来月の予約表で、任意の6日間を3つ選んで、挙式の組数を数えます。繁忙期と閑散期で、2倍近く違うことがあります
- 1組あたりの粗利を、直近の決算から出す。 売上から変動費を引いて、挙式数で割ります。本記事の105万円は仮の値です
- 調理に入る人数と、検便の実際の単価を確認する。 今の契約業者に、見積もりを取り直します。単価は業者と地域で違います
- 今の運用で、毎日の健康確認の記録が残っているかを見る。 保健所の調査が入ったときに、最初に求められるのはこの記録だと考えるのが自然です
- 症状の申告が出たときの代わりの人の連絡先を、1枚の紙にする。 これが一番、費用がかからずに差がつきます
まとめ
- 2024年2月、東京都港区の結婚式場で披露宴と二次会の39人がノロウイルス食中毒になり、6日間の営業停止になった
- 探知から自粛までに約2週間あいていて、式場の側は「まだ何も決まっていない」状態で次の週末を迎える構造がある
- 仮の式場(年200組、粗利105万円)では、6日間で挙式4組、粗利420万円を失う。見えにくい損失を足すと500万円になることもある
- 検便とノロ検査は調理人15人で年40万円。損失420万円なら、約10年に1回の見込みで元が取れる。対策で発生確率が半分になる程度なら、5年に1回が目安になる
- 大量調理施設衛生管理マニュアルは1回300食以上などの施設が対象で、多くの式場は参考にとどまる。HACCPに沿った衛生管理は2021年6月から原則すべての食品等事業者が対象
- 費用より先に決めるのは、症状の申告を不利にしない約束、営業を続けるかを判断する人、挙式を控えた二人への連絡の順番
