式場の契約を迷う二人には、後で決めてよいことを先に渡す
見学が終わって、見積もりも出した。二人の反応も悪くない。それでも「一度持ち帰ります」で終わる。式場の営業なら、毎週のように経験していると思います。
持ち帰る理由として、まず疑われるのは金額と他の式場との比較です。もちろんそれもあります。ただ、僕が見ていて抜けやすいと感じるのは、三つ目の理由です。「契約したら、料理も衣装も人数も、いま全部決めなければいけないのではないか」という不安です。
この記事の結論は、契約を迷う二人には、契約時に決めること、契約後に決めてよいこと、期限つきで動かせることを分けた紙を、見積もりと一緒に渡す、ということです。値引きでも特典でもなく、決める量を見える形にする。それだけで、保留の一部は減らせると考えています。
なお、この記事に出てくる組数や率は、すべて僕が置いた仮の数字です。業界の平均や実績ではありません。自分の会場の数字に置き換えて読んでください。
迷いの中身は「金額」と「量」に分けて聞く
「検討します」の中身は、ひとつではありません。分けてみると、だいたい次の三つが混ざっています。
- 金額が合うか。予算に収まるか
- 他の式場と比べて、ここでよいか
- いま決めることが多すぎて、間違えそうで怖い
一つ目と二つ目は、見積もりの出し方や比較の軸で扱う話です。三つ目は少し性質が違います。式場の側から見れば、契約後に打ち合わせを重ねて決めていくのが当たり前です。ところが二人にとっては、契約書と見積書に載っている項目が、そのまま「今日のうちに答えを出す宿題」に見えます。
ここに食い違いが出る理由は、仕組みとして説明できます。見積書は、最終的な内容を想定して項目が並んでいます。料理のランク、装花、衣装、引出物、映像、招待状。契約書には申込金の額、キャンセル規定、最低保証人数などが並びます。確定している項目と、これから決める項目が、同じ紙の同じ見た目で並んでいるわけです。二人には、どれが「もう動かせないもの」で、どれが「あとで選べるもの」なのかが読み取れません。
読み取れないものは、安全側に倒して考えます。「全部決まってしまうのかもしれない」と考え、決めきれないので保留にする。これは慎重な人ほど起きやすい動きです。
紙を三つの箱に分ける
渡す紙の作り方は単純です。見積書に載っている項目を、三つの箱に入れ直します。
一つ目の箱:契約時に確定するもの。 日取り、会場、申込金の額と支払い期限、キャンセル規定、最低保証人数など。ここは契約書にサインした時点で動かなくなるものです。数は少ないはずです。
二つ目の箱:契約後に決めてよいもの。 料理の内容、装花の色、衣装、演出、引出物、招待状の文面など。契約の時点では、おおまかな予算枠が見積書に入っているだけで、中身は打ち合わせで決まります。いつごろ決めるのか、目安の時期を添えます。
三つ目の箱:期限つきで動かせるもの。 人数と料理のランクが代表です。「最終人数は挙式の何週間前まで変えられる」「料理のランクは何か月前までなら差額だけで変えられる」のように、期限と、変えたときの費用の出方を書きます。ここは「自由に変えられます」と書いてはいけません。期限を過ぎたあとの扱いまで書いておくことで、はじめて安心材料になります。
三つの箱のうち、二つ目と三つ目は、実は契約書や約款に書かれている内容を言い換えただけです。新しい約束を作るのではありません。すでにある運用を、二人が読める順番に並べ替える作業です。社内で決まっていない項目があれば、この紙を作る過程で、決めるべき項目として表に出てきます。それも副産物です。
一覧にする項目は、迷いが出た順に並べる
箱の中の並べ方にも工夫がいります。式場側の都合で並べると、見積書と同じ順番になり、二人には何も変わって見えません。
並べる基準は「二人が持ち帰ってから、最初に不安になる順」です。よくある順番を例にします。これも仮の並びで、自分の会場の見学後アンケートや、保留になった二人の言葉で入れ替えてください。
- 人数が変わったらどうなるか
- 料理や飲物を後で変えられるか
- 申込金は何に充てられて、どの時点から戻らなくなるか
- 衣装はいつまでに決めるのか
- 日取りは変えられるのか
上から順に、箱の三つ目、二つ目、一つ目が入り混じります。箱で分類したうえで、一覧の中では不安の順に並べる。この二段構えにしておくと、渡した紙を二人が自分たちの関心の順に読めます。
一覧は、一枚に収めます。二枚以上になると、それ自体が「決めることの多さ」の証拠に見えてしまいます。項目を絞るコツは、変更が効く期間が長く、費用が動かないものを「後で決めてよい」の一行にまとめることです。装花、引出物、招待状の文面、映像の構成などは、個別に書かず「契約後の打ち合わせで順番に決めます」の一行で足ります。
仮の数字で、保留の中身を分けてみる
効果があるのかを、仮の数字で見ておきます。
ある月に、見学に来た40組のうち、その場で契約に進んだのが12組、「持ち帰ります」が20組、その場でお断りに近い反応が8組だったとします。この月の成約率は、契約した12組を見学の40組で割って、30%です。
持ち帰った20組のうち、あとで戻って契約する組が仮に4組だとします。月の契約は合計で16組、成約率は40%です。
保留20組の理由が、先ほどの三つ(金額、比較、決める量)にきれいに分かれるとは限りません。仮に、保留の半分の10組に「決める量が多くて怖い」が混ざっていたとします。そして、紙を渡したことで、そのうち2組が、持ち帰るのをやめて当日に進んだとします。
計算してみます。
- 当日の契約:12組 + 2組 = 14組(成約率35%)
- 保留:20組 − 2組 = 18組
- 保留から戻る率が同じ20%なら、戻る組は18組 × 0.2 = 3.6組
月の契約は14組 + 3.6組で17.6組、見学40組に対する率は44%。紙を渡す前の16組、40%と比べて、1.6組、4ポイント増える計算です。
ただし、これは「保留10組のうち2組が動く」という僕の仮定がすべてです。2組がゼロなら、増えません。逆に3組動くなら、さらに増えます。この数字から読み取るべきことは、効果の大きさではなく、測るべき場所です。つまり、紙を渡した二人と渡していない二人で、当日の契約に進んだ率がどう違うかを見る、ということです。
もうひとつ、仮定を変えたときの感覚も確認しておきます。紙を作る費用は、印刷代を除けば、一度作れば追加費用がほとんどかかりません。1組増えたときの粗利を、仮に客単価が300万円、粗利率が40%として計算すると、1組あたり120万円です。月に1組動けば、年に12組、1,440万円の粗利になります。これは、僕が置いた客単価と粗利率で出した数字で、実際の会場の数字とは関係ありません。ただ、紙一枚の準備に対して、動く金額のほうが桁で大きいことは、構造としてわかると思います。
渡すタイミングは、見積もりを出す直前
紙を渡す場面にも、向き不向きがあります。
見学の冒頭で渡すと、二人は「契約の話を急がされている」と感じます。見学中に渡すと、会場の話に集中できません。見積もりを出したあと、「持ち帰ります」と言われてから渡すと、すでに二人の頭の中で「決めることが多い」が確定していて、遅いです。
おすすめは、見積もりを出す直前です。「契約の流れを先にお見せしますね」と言って、紙を先に出します。紙の説明は2分で終わる量にしておき、そのうえで見積もりを出します。
こうすると、見積もりを見る二人の目線が変わります。見積もりの総額を見るとき、「ここから全部を今日決めるわけではない」という前提で見られます。金額への反応が変わらなくても、決断の重さの感じ方が変わります。
営業の言い方としては、「今日決めてください」の逆にあたる話です。押さない。ただし、保留が続く理由のひとつを、静かに取り除く。引きの営業という考え方に近いです。
書き方で失敗しやすいところ
この紙は、書き方を間違えると逆効果になります。気をつける点が三つあります。
無条件の「あとで変えられます」を書かない。 二つ目の箱と三つ目の箱の違いは、費用が動かないか、動くかです。人数や料理ランクは、期限を過ぎると差額が出ます。ここを曖昧にして契約を取ると、後で「聞いていない」という話になります。契約を取りやすくするための紙ではなく、契約後に揉めにくくするための紙として設計するほうが、結果的に成約も落ち着きます。
「決めなくていい」を安さのアピールにしない。 「何も決めなくて大丈夫です」と強く言うと、軽く見えます。決めるものと決めないものを分けて、決めない理由を一言添える。たとえば「衣装は契約後に試着してから決めたほうが、後悔が少ないからです」のように、二人の利益で説明します。
金額の話に混ぜない。 申込金や支払いの条件は、別に大きな不安を持たれやすい項目です。この紙の目的は、決める量を見せることです。支払いの全体像を一枚に詰め込むと、紙がまた「重い書類」になります。支払いは支払いで別の紙にするか、一つ目の箱の中に一行で収めます。
効果は、渡した二人と渡していない二人を比べて見る
紙を作って終わりにせず、効いているかを確認する方法も決めておきます。
見るのは、見学した組のうち、当日に契約に進んだ率と、持ち帰った組が戻ってくるまでの日数です。紙を渡し始める前の数か月と、渡し始めた後の数か月を比べます。ただし、季節や人気日の空き具合で成約率は動くので、前後比較だけで結論を出さないほうがいいです。
もう少し確かな方法は、担当者や曜日で渡す・渡さないを分け、同じ月の中で比べることです。組数が少ないうちは、この比較は揺れます。10組や20組の差で結論を出さず、数か月分をためてから見ます。
数字が動かなかったときも、紙そのものを捨てる必要はありません。「決める量への不安は、この会場では保留の主な理由ではなかった」という発見になります。その場合は、保留の理由を二人に聞く設問(持ち帰りの理由を3択で聞くなど)に戻り、金額か比較のどちらが効いているかを確かめます。
まとめ
ここまでの話を、箇条書きで整理します。
- 「検討します」の理由は、金額・他の式場との比較・いま決める量の多さの三つが混ざっていて、三つ目は式場から見えにくい
- 見積書と契約書は、確定した項目と未定の項目が同じ見た目で並ぶので、二人は「全部いま決める」と読みやすい
- 項目を「契約時に確定」「契約後に決めてよい」「期限つきで動かせる」の三つの箱に分け、一枚に収める
- 並べ順は式場の都合ではなく、二人が持ち帰ってから不安になる順にする
- 「あとで変えられます」は期限と費用の出方を添えて書き、渡すのは見積もりを出す直前にする
- 効果は、渡した二人と渡していない二人の当日契約率で見る。仮の計算では保留の一部が当日に動くだけで月の成約が増えるが、実際の数字は自分の会場で測る
迷う二人に必要なのは、強い一押しより、いま決めることの量が小さく見える一枚の紙かもしれません。
