契約時の内金を10万円から30万円に上げても、仮の式場で増えるのは年120万円。成約が年1組減れば消える。上げる前に数えるのは、失注の理由だ
契約のときに預かる内金を、10万円から30万円に上げる。キャンセルの取りこぼしを減らしたい式場が、一度は考える手です。
先に結論を書きます。年120組、キャンセル率5%の仮の式場で、内金を20万円上げて得られる増収は、年120万円です。粗利140万円の1組分に届きません。つまり、内金を上げたせいで成約が年に1組(正確には0.9組)減るだけで、この増収は消えます。キャンセルが5%から3%に減る効果まで足しても、成約が年1.6組減れば損になります。
この記事の数字は、すべて僕が置いた仮のものです。年間の来館も、成約率も、キャンセル率も、粗利も、調査の数字ではありません。自分の会場の数字に置き換えると結論は動きます。ただ、動き方の形は変わりません。「内金の額で効く場所は、思ったより小さい」という形です。その形を見るための計算として読んでください。
内金が役に立つ場面
内金に期待されている仕事は、二つあります。
一つ目は、キャンセルのときに手元に残る額です。契約した二人がやめたとき、預かった内金が式場の損失の一部を埋めます。
二つ目は、二人の側の「やめにくさ」です。10万円より30万円のほうが、やめるときの心理的な重さは増えます。それでキャンセルが減ると期待します。
どちらも本当に起きることです。ただ、どちらがどれだけ効くのかは、数えてみないと分かりません。感覚で「30万円なら安心」と決めると、反対側にある成約の減りを見落とします。反対側とは、契約の席で内金の額を聞いた二人が、「今日は決めずに持ち帰ります」と言う場面です。
仮の式場を置く
計算に使う前提です。
- 年間の来館は600組。成約率は20%で、成約は年120組
- 1組の粗利は、挙式まで進んだ場合に140万円
- 契約後のキャンセルは5%。年に6組
- キャンセルになった日の半分は、別の二人に売り直せる。残りの半分は空いたままになる
- 内金は、キャンセル時に返さない約束で預かっている(この前提の注意は後で書きます)
「半分は売り直せる」という置き方は、キャンセルが挙式の何か月前に出るかで大きく変わります。直前なら売り直せませんし、1年前なら売り直せる可能性が高いです。ここでは中間の0.5を置きます。
この置き方でキャンセル1件の損失を数えます。
- 売り直せた場合:粗利140万円をあらためて取れる。内金は預かったまま残る
- 売り直せなかった場合:粗利は0。内金だけが残る
売り直せる確率が半分なら、キャンセル1件で失う粗利の期待値は70万円です。内金が10万円なら、実際の損失は差し引き60万円。内金が30万円なら40万円になります。
内金を10万円から30万円に上げた年間の差
1組あたりの粗利の期待値から出します。キャンセル率5%のまま、内金だけ変えます。
- 内金10万円:95%が挙式して140万円、5%がキャンセルして(70万円+内金10万円)。1組あたり137万円
- 内金30万円:95%が挙式して140万円、5%がキャンセルして(70万円+内金30万円)。1組あたり138万円
差は1組あたり1万円です。年120組を掛けると120万円。年6組のキャンセルから、20万円ずつ余分に預かれる計算と同じです。
この120万円が、内金を20万円上げて増える額のすべてです。粗利140万円の1組分より小さい額です。
成約が何組減ったら、元が取れなくなるか
上の増収を、成約の減りで割り戻します。1組の価値は約138万円です。
120万円 ÷ 138万円 = 約0.87組
来館600組に対しては0.14ポイントの成約率です。年間の成約が120組から119組になった時点で、増収は消えます。
もう少し大きな動きも見ます。内金を上げたことで、成約率が20%から19%に下がったとします。来館600組なら6組の減りです。年間の粗利は、内金10万円のときと比べて約708万円減ります。120万円の増収を足しても、差し引きは大きなマイナスです。
成約率の1ポイントは、内金の20万円の差よりはるかに大きいです。内金の額を決めるときに見る数字は、キャンセル率よりも、契約の席で二人が迷う確率のほうです。
キャンセルが減る効果を足す
内金を上げるとキャンセルが減る、という期待もあります。この効果を足して、損益分岐を出し直します。
内金30万円のとき、キャンセルが5%、4%、3%、2%に減った場合を並べます。内金10万円・キャンセル5%を基準にした年間の粗利の差と、成約が何組減ったら元が取れなくなるかです。
| キャンセル率(内金30万円) | 基準との年間差 | 成約が減ってよい組数 |
|---|---|---|
| 5%(変わらない) | +120万円 | 0.9組 |
| 4% | +168万円 | 1.2組 |
| 3% | +216万円 | 1.6組 |
| 2% | +264万円 | 1.9組 |
内金を50万円まで上げて、キャンセルが3%に減ったとします。基準との差は+288万円、成約が減ってよいのは2.1組です。
ここで、キャンセルを1件防ぐ価値を確かめます。売り直せない確率が半分なら、防げた1件は70万円の粗利です。内金30万円を預かる前提では、取り損ねる内金の分を引いて40万円。成約を1組失う138万円を取り返すには、キャンセルを3.5件、余分に防がないといけません。年6組のキャンセルのうち、3.5件を防ぐのは、キャンセル率にして5%から2%近くまで下げることです。
内金を上げただけで、キャンセルがそこまで減るでしょうか。僕は、減る理由が弱いと見ています。キャンセルの理由は、親の反対、転勤、関係の変化、費用の見直しなどで、数十万円の内金の差で踏みとどまる性質のものではないことが多いからです。ここは数字の裏付けがない、僕の見立てです。自社の過去のキャンセル理由を、内金の額と一緒に並べて確認してください。
内金を上げたときに起きる、成約の側の動き
成約が減る経路は、二つ考えられます。
一つ目は、契約の席での迷いが増える経路です。 契約書に署名する直前に、二人は内金の額を知ります。10万円なら財布から出せる額ですが、30万円は「いったん持ち帰って親に相談する」額になることがあります。持ち帰った二人は、他の会場の見学をもう1軒入れます。見学した会場が1軒増えると、成約の確率は下がります。見学会場の数については、別の記事で、平均が2.6軒という調査をもとに整理しました。
二つ目は、支払い方法の制約が重なる経路です。 現金や振込でしか内金を受けない式場で、30万円を即日用意できない二人は、その場で契約できません。カード払いを内金に限って認めている会場なら、この経路は小さくなります。内金に使える支払い方法を先に整えるほうが、額を上げるより安く済むことがあります。
どちらの経路も、数字で測れます。契約書を出した組のうち、その場で署名した組と持ち帰った組の比率を、内金の額を変える前後で比べます。測れていないなら、内金を動かす前の最初の仕事は、この比率を数え始めることです。
先に数える三つの数字
内金を変える前に、自社で数える数字は三つあります。
- 契約書を出した組のうち、その場で署名した割合。 内金の額を知った後に迷う二人が、ここに出ます
- 失注した組が挙げた理由。 「支払い」「金額」が理由として出る割合を、内金の額と切り分けて数えます
- キャンセルになった組の、キャンセルまでの月数。 挙式の何か月前に出たかで、売り直せる確率が変わります
この三つが分かれば、仮に置いた「半分は売り直せる」「成約の減りは0.14ポイント以下か」を、自社の数字に置き換えて判断できます。
内金と違約金は、別のものとして考える
最後に、前提に置いた「返さない約束」の注意を書きます。
内金を返さない取り決めには、法律の上限があります。消費者契約法の9条は、事業者に生じる平均的な損害の額を超える部分の違約金を、無効としています。僕は法律の専門家ではないので、自社の規定がこの範囲に収まっているかは、弁護士などの専門家に確認してください。
大事なのは、「内金が高ければ高いほど、キャンセル時に取っていい額が増える」わけではないという点です。キャンセルの時期によって、式場に生じる損害は変わります。1年前のキャンセルと、1か月前のキャンセルでは、平均的な損害の額が違います。内金を一律に30万円とするより、キャンセル時期ごとに返す額と取る額の段階を作るほうが、規定として筋が通ります。契約前の説明も、二人に納得してもらいやすくなります。
内金を動かすかどうかの目安
仮の式場で、判断の筋道をまとめます。
- 内金の20万円の差は、年120万円。成約が年1組減れば消える
- キャンセルが3%まで減っても、成約が年1.6組減れば損になる
- キャンセルを1件防ぐ価値は40万円。成約1組の損失を埋めるには3.5件を防ぐ必要がある
- 成約率が1ポイント下がる影響(約700万円)は、内金の差の何倍も大きい
- 内金は、額を上げる前に、支払い方法と、持ち帰る組の割合を見る
内金は、キャンセル対策の主役にはなりにくいと僕は考えています。守りたいのが粗利であれば、キャンセルの時期別の段階と、日の売り直しの仕組みのほうが、効く額が大きいからです。
まとめ
- 年120組、キャンセル5%の仮の式場で、内金を10万円から30万円に上げて増えるのは年120万円
- この増収は、成約が年0.9組減れば消える。来館600組に対して0.14ポイントの差
- キャンセルが3%に減る効果を足しても、損益分岐は年1.6組
- キャンセルを1件防ぐ価値は40万円。成約1組分の138万円を取り返すには3.5件の抑制が要る
- 内金を動かす前に数えるのは、契約の席で持ち帰る組の割合、失注の理由、キャンセルまでの月数
- 返さない内金には、消費者契約法9条の上限がある。時期別の段階を作る形が、規定として筋が通る
