契約前にドレスを1着試着してもらう手間は、仮の式場で年60万円。成約が0.43組増えれば元が取れる。ただし試着した二人が衣装だけ外で借りると、すぐ赤字になる
見学の途中で「せっかくなので、ドレスを1着着てみませんか」と声をかける式場があります。契約前の二人に、衣装室でドレスを着てもらう運用です。
結論を先に書きます。年300組が来館する仮の式場で計算すると、この運用の手間は年60万円ほどです。成約が年に0.43組増えれば元が取れます。成約率に直すと0.14ポイントです。ここまでなら、やって損の少ない話に見えます。
ただし、見落としやすい出口が1つあります。試着で好みが固まった二人が、ドレスだけ外のショップで借りることです。この出口が開くと、元を取るための成約は0.88組、1.34組と増えていきます。手間の60万円より、衣装の粗利が逃げるほうが重くなるかどうかが、この記事の主題です。
先にお断りしておきます。この記事の数字は、すべて僕が置いた仮のものです。調査の数字は1つも使っていません。来館が何組か、試着を希望する二人が何割か、衣装の粗利がいくらか。自分の会場の数字に置き換えて使ってください。
何を試着体験と呼ぶか
運用の中身を、先に決めておきます。ここが曖昧だと、手間の見積もりがぶれます。
この記事で扱うのは、契約前の二人が1回の来館で、ドレスを1着だけ着る体験です。会場の衣装室で、スタッフが選んだ1着を、着付けつきで着てもらいます。写真を撮ってもらってもかまいません。複数着を選ぶ本番の衣装合わせとは別のものです。
試着体験の狙いは、二人の頭の中に結婚式の姿を作ることです。会場の見学では、チャペルも宴会場も見ます。でも、そこに立つ自分の姿は想像するしかありません。ドレスを着ると、想像が実物の感覚に変わります。見学の印象が強く残るので、比べる段階で会場の位置が上がるのではないか。これが運用の仮説です。
仮説です。効果の大きさを示す数字は、僕は持っていません。後ろの計算では、増える成約を「仮に」で置いて、損益の形だけを出します。
仮の式場を置く
条件を置きます。
- 年に300組が来館する
- 成約率は30%で、成約は90組
- 契約1組あたりの粗利は140万円。うち衣装の粗利が14万円
- 試着を希望する二人は、来館の半分の150組
- スタッフの人件費は1時間あたり2,500円
140万円のうち衣装が14万円、つまり1割です。この衣装の粗利が、後半で効いてきます。
年60万円の中身。人件費37.5万円とクリーニング22.5万円
手間は2つに分けて数えます。
1つ目は人件費です。試着体験1組につき、衣装室の準備、着付け、写真、片付けで60分かかるとします。150組で150時間、人件費は37.5万円です。週に直すと約3時間ですから、衣装担当者1人の時間をどこかで空ければ回る量です。
2つ目はドレスの消耗です。着てもらうたびにクリーニングが要り、裾のほつれや汚れの補修も出ます。1回あたり1,500円と仮に置くと、150組で22.5万円です。
合わせて年60万円。ドレス1着を契約前の二人に着せる行為に、1組あたり4,000円かかる計算です。
人件費の37.5万円は、衣装担当者の給料に上乗せして払う金額ではありません。もともと払っている給料の時間の使い方が変わるだけです。ただ、その時間に別の仕事(契約後の衣装合わせなど)が詰まっているなら、その分は実際の損失になります。ここでは、時間の価値を時給で置いておきます。
元が取れる線は、成約が年0.43組
粗利140万円で、手間の60万円を割ります。0.43組です。年300組の来館に対する成約率では、0.14ポイントです。
成約が年に1組増えれば、手間の約2.3倍の粗利が戻ります。2組なら4.7倍です。手間だけを見れば、割の悪い運用ではありません。
とはいえ、成約が増えたかどうかを後から確かめる方法はありません。試着した二人が契約したのは、試着のおかげかもしれませんし、もともと決めていたからかもしれません。試着体験を受けた二人の成約率が高く出ても、それは運用の効果とは限りません。試着を希望する二人は、最初から気持ちが前向きな二人が多いはずだからです。
損益を決める出口。試着で好みが固まった二人は、どこでドレスを借りるのか
ここからが本題です。
試着体験は、二人のドレスの好みを固めます。好みが固まった二人が、そのまま会場で衣装を契約してくれるなら、衣装の粗利14万円は残ります。ところが、好みが固まったぶん、同じ系統のドレスを外のレンタルショップや通販で探し始める二人も出てきます。会場の衣装が高いと感じていれば、なおさらです。
契約した二人のうち、衣装を会場で契約する割合を、いまは80%とします。試着体験を始めたことで、これが75%に下がったら、どうなるでしょうか。
90組のうち5%、つまり4.5組が衣装を外に出します。1組あたり14万円ですから、63万円の粗利が消えます。手間の60万円とほぼ同額です。試着体験の費用が、実質2倍になったことになります。
下がる幅を2ポイント、5ポイント、10ポイントと置いて、元を取るために必要な成約の増加を出します。
| 衣装を会場で契約する割合の下がり幅 | 衣装で消える粗利(年) | 元を取るのに要る成約の増加 | 成約率に直すと |
|---|---|---|---|
| 0ポイント | 0万円 | 年0.43組 | 0.14ポイント |
| 2ポイント | 約25万円 | 年0.61組 | 0.20ポイント |
| 5ポイント | 約63万円 | 年0.88組 | 0.29ポイント |
| 10ポイント | 約126万円 | 年1.34組 | 0.45ポイント |
下がり幅が10ポイントでも、必要な成約の増加は年1.34組です。試着体験で成約が年に2組増えるなら、まだ黒字に残ります。
年間の損益を、成約の増加と下がり幅の組み合わせで出すと、次のようになります。単位は万円です。
| 運用で増える成約 | 下がり幅 0 | 2ポイント | 5ポイント | 10ポイント |
|---|---|---|---|---|
| 年0組 | -60 | -85 | -123 | -186 |
| 年0.5組 | +10 | -15 | -53 | -117 |
| 年1組 | +80 | +55 | +16 | -47 |
| 年2組 | +220 | +194 | +156 | +91 |
| 年3組 | +360 | +334 | +295 | +230 |
見方を説明します。成約が年に0.5組しか増えないなら、衣装を会場で契約する割合が2ポイント下がっただけで赤字に落ちます。年1組なら5ポイントまで耐え、10ポイントで赤字になります。年2組以上増えるなら、10ポイント下がっても黒字です。
つまり、この運用は「成約が1組以上増える」と見込めるなら、手間そのものでは負けにくい。負けるのは、増える成約が小さいのに、衣装の流出が大きいときです。
流出の大きさは、衣装の値付けで決まる
流出が何ポイントになるかは、僕には分かりません。ただ、何で決まるかは言えます。
まず、衣装の値段です。会場の衣装の値段と、外のレンタルの値段の差が大きいほど、二人は外を見たくなります。試着体験は、その差に気づく時間を二人に与えます。
次に、持ち込みの条件です。持ち込み料を取る会場か、持ち込みを断る会場か。断る会場では、そもそも外で借りた衣装を着られないので、流出の出口がありません。かわりに、断られたことで失注する二人が出ます。このトレードオフは、別の記事で計算しました。ここでは触れません。
そして、試着で着せるドレスの選び方です。一番高い1着を着せると、「これを着たいが予算に合わない」という二人が出ます。逆に、会場の標準的な価格帯の1着を着せると、「この価格でこの満足感なら」と思ってもらえる可能性があります。
3つ目は、僕の経験則です。数字の裏づけはありません。試着で着せる1着は、標準の価格帯の中から選ぶほうが、流出が小さいはずだと考えています。
衣装室の枠を、契約済みの二人と取り合わない
もう1つ、数字にしにくい出口があります。衣装室の枠です。
試着体験を、土日の衣装室に入れたとします。同じ時間に、契約済みの二人が本番の衣装合わせを予約したいと言ったらどうなるか。衣装室が1つしかない会場では、試着体験が契約済みの二人を押し出します。
150組のうち、土日に入る割合を6割と置くと、年90件です。この90件が、契約済みの二人の衣装合わせと衝突するかどうかは、衣装室の混み具合で決まります。
契約済みの二人は、すでに粗利を生んでいる二人です。契約後の衣装合わせを待たされる、日程をずらされるといった不満は、キャンセルや口コミにつながります。契約前の二人を1組よろこばせるために、契約済みの二人を1組待たせるのは、割に合いません。
試着体験の枠は、契約済みの衣装合わせとは別の棚で持つのが堅いです。平日の夕方や、衣装合わせの予約が入りにくい時間帯に寄せます。そうすると、土日の見学に来る二人は試着を希望しても受けられなくなります。「見学のあと、平日にもう一度ドレスだけ見に来ませんか」という誘いに変えれば、次回の来館の理由にもなります。ただし、その場合は、平日に来る二人の手間と成約への効果は別の計算になります。
試着を出す会場と、出さない会場
条件ごとに、判断の分かれ目を並べます。
出してよいのは、次のような会場です。
- 衣装の持ち込みを断っている会場。衣装が外に出ないので、流出の出口がありません。ただし、持ち込みを断ること自体が失注の理由になっていないかは、別に確かめます
- 衣装室に、契約済みの二人と衝突しない空きの時間帯がある会場
- 会場の衣装の値段が、外のレンタルと大きく離れていない会場
出さないほうがいいのは、次のような会場です。
- 持ち込みを認めていて、衣装を会場で契約する割合がもともと低い会場。流出で消える粗利は小さいのですが、試着で守れる衣装の粗利も小さいので、やる意味が薄くなります
- 衣装室が1つで、土日が慢性的に埋まっている会場
- 衣装担当者が1人で、契約後の衣装合わせと兼ねている会場
「持ち込みを認めていて、衣装を会場で契約する割合が高い会場」が、いちばん注意の要る会場です。流出の出口が開いていて、流出で消える粗利も大きいからです。
効果と流出は、1年では見えない
最後に、運用を始めた後のことを書いておきます。
成約が増えたかどうかは、前に書いたとおり、後からは確かめられません。成約率が30%から33%に動いたかを統計的に見分けるには、1つの条件あたり3,700組以上の来館が要ります。年300組の会場では、何十年分にもなります。
では、衣装を会場で契約する割合の下がりは、見えるでしょうか。こちらは契約した90組が分母です。80%が75%になっても、90組のうち4組か5組の差でしかありません。毎年の揺れのほうが大きいはずです。
効果も流出も、数字で見えない。だとしたら、運用を決める前に、損益の形を見ておくのが現実的です。
見ておくのは3つです。
- 手間は年60万円。成約が年0.43組増えれば戻る
- 衣装を会場で契約する割合が5ポイント下がると、年63万円が消える。そのとき元を取るのに要る成約は年0.88組
- 試着の枠を契約済みの衣装合わせと別に持てるか。持てないなら、運用は受けない
3つ目の枠が持てて、持ち込みの条件も固まっているなら、手間は小さな運用です。持てないなら、いくら成約が増えそうでも、契約済みの二人を待たせる損のほうが先に出ます。
まとめ
- 契約前の二人にドレスを1着試着してもらう運用の手間は、年300組が来館する仮の式場で年60万円。成約が年0.43組(成約率の0.14ポイント)増えれば元が取れる
- 手間の中身は、人件費37.5万円とクリーニング・補修22.5万円。1組あたり4,000円
- 損益を動かすのは、試着で好みが固まった二人が衣装だけ外で借りること。会場で衣装を契約する割合が80%から75%に下がると、年63万円の粗利が消え、必要な成約は年0.88組になる
- 下がり幅は、衣装の値段、持ち込みの条件、着せる1着の価格帯で決まる。標準の価格帯の1着を選ぶほうが流出は小さいはずだが、これは経験則で、数字の裏づけはない
- 土日の衣装室で、契約済みの二人の衣装合わせと枠を取り合うなら、運用は受けない。枠は別の棚で持つ
- 衣装の持ち込みを断っている会場は、流出の出口がないので試着を出しやすい。持ち込みを認めて、会場で衣装を契約する割合が高い会場は、いちばん慎重に決める
- 成約の増加も衣装の流出も、年300組では1年や2年の数字では見えない。損益の形を先に見ておく
