カスハラ対策が2026年10月から事業主の義務になった。従業員40人の仮の式場が最低限そろえる費用は初年度24万円で、見学前の問い合わせ客も対象に入る
2026年10月1日から、カスタマーハラスメント(カスハラ)への対策が、すべての事業主の義務になりました。式場も例外ではありません。義務の中身は「方針を決めて社員に知らせる」「相談窓口を置く」「起きたら対応する」といった、雇用管理上の措置です。努力目標だった時期は終わっています。
結論から書きます。従業員40人、パート14人の仮の式場が最低限そろえる費用は、初年度で約24万円、2年目以降は約16万円です。金額は小さいのですが、式場には式場なりの引っかかりどころがあります。見学前の問い合わせ客も対象に入ること、契約後の値引き交渉が「著しい」かどうかで線が引かれること、この2点です。
この記事の制度の内容は、厚生労働省の資料と大分労働局の資料から読んだものです。後半の費用の計算は、すべて僕が置いた仮の数字で、出典はありません。
何が義務になったのか
法律は、令和7年法律第63号(労働施策総合推進法などの改正)です。令和7年6月11日に公布され、令和8年10月1日に施行されました。事業主に、カスハラを防ぐための雇用管理上の措置を義務づけ、具体的な中身は国の指針で示す、という作りです。
法律上のカスハラは、次の3つを全部満たすものと定義されています。
- 職場で行われた、顧客等の言動であること
- その仕事の性質などに照らして、社会通念上許容される範囲を超えていること
- 労働者の就業環境が害されていること
ここで押さえておきたいのは、苦情のすべてがカスハラではないという点です。指針には、客観的にみて社会通念上許容される範囲で行われたものは「いわば正当な申入れ」で、カスハラには当たらない、と書かれています。式場で言えば、料理が冷めていた、案内した内容と違った、といった指摘は正当な申入れです。そこに謝罪と対応が必要なのは、これまでと変わりません。
式場にとって対象が広い
指針の「顧客等」の範囲を読むと、式場にはかなり広く当たります。
- 顧客には、今後サービスを利用する可能性のある人も含まれます。見学に来た二人、資料請求をしただけの人、電話で問い合わせてきた人が入ります
- 施設の利用者とその家族が入ります。披露宴に呼ばれたゲストも、施設の利用者に当たると読めます
- 事業に関する問い合わせをする人も入ります。契約前でも、メールやLINEで質問する人は対象です
- 取引先の担当者も入ります。業者との打合せで起きる言動も対象になりえます
さらに、対面だけでなく、電話やSNSなどインターネット上の言動も含まれると、指針に明記されています。式場は、LINEやインスタのDMで二人とやりとりする機会が多い業種です。画面越しの執拗な連絡や、投稿をほのめかす発言も、条件を満たせば対象になります。
社会通念を超える言動の例
指針は、「言動の内容」と「手段や態様」の2つの面から判断するとしています。片方だけが許容範囲を超えていても該当しえます。
内容の例として挙がっているのは次のようなものです。
- 契約内容を著しく超えるサービスの要求
- 契約金額の著しい減額の要求
- 商品やサービスの内容と無関係な、不当な損害賠償の要求
- 対応が著しく困難、または不可能な要求
手段や態様の例には、次のものがあります。
- 店舗の物を壊すことをほのめかす発言や、SNSに悪評を投稿することをほのめかす発言で脅すこと
- 労働者のプライバシーに関わる情報をSNSなどに投稿すること
- 大きな声で労働者や周囲を威圧すること
- 同じ質問を執拗に繰り返すこと、当初の話からのすり替えや揚げ足取りをすること
- 長時間居座ること、電話で長く拘束すること
式場の現場に置き直すと、こうなります。挙式後に「演出が思っていたものと違った」と、料金の全額返金を求め続ける。口コミサイトへの投稿を匂わせて、追加の無償サービスを求める。担当プランナーの個人名を出してSNSに書くと伝える。どれも指針の例とほぼ同じ形です。
一方で、値引き交渉そのものは該当しません。指針が挙げているのは「著しい」減額です。見積もりの調整を頼むのは、普通の商談です。どこからが著しいのかは、指針も数字では示していません。判断には、言動の目的、経緯、頻度、継続性などを総合的に見るとあるだけです。ここは会場ごとに社内の基準を決めておく必要があります。
義務になった10の措置
指針が求める措置は、10項目です。式場の言葉に直して並べます。
方針の明確化と周知・啓発(2項目)
- カスハラには毅然と対応し、社員を守るという方針を決めて、周知する
- カスハラの内容と、あらかじめ決めた対処の内容を、社員に周知する。対処の例として、管理職にその場の対応を仰ぐ、できるだけ一人で対応させない、犯罪にあたる言動は警察に通報する、本部に情報共有する、が挙がっています
相談体制の整備(2項目)
- 相談窓口をあらかじめ決めて、社員に周知する
- 窓口の担当者が適切に対応できるようにする。カスハラかどうか微妙な場合でも広く相談を受ける
事後の迅速かつ適切な対応(3項目)
- 事実関係を迅速かつ正確に確認する
- 被害を受けた社員に配慮する措置をとる
- 再発防止の措置をとる
抑止のための措置(1項目)
- 特に悪質なカスハラへの対処の方針をあらかじめ決めて周知し、対処できる体制を整える
併せて講ずる措置(2項目)
- 相談者のプライバシーを守る措置をとり、周知する
- 相談したことを理由に不利益な扱いをしないと定めて、周知する
他のハラスメント対策と違うのは、8番の「特に悪質な場合の対処方針」です。パワハラやセクハラの措置には、これに当たる項目がありません。お客さまが相手だからこそ、出入り禁止にするのか、契約を解除するのか、警察や弁護士に相談するのか、あらかじめ決めておく必要がある、という考え方です。
指針は、あわせて注意点も挙げています。消費者の権利や、障害者差別解消法が定める合理的配慮の提供に留意すること。顧客との建設的な対話を重ねること。カスハラの原因や背景には、商品・サービス・接客に問題があったり、顧客とのコミュニケーションが足りなかったりすることがあるので、そこを減らす取り組みも防止の効果を高める、とも書かれています。式場でいえば、見積もりの前提の説明不足や、打合せの記録を残さないことが、後のこじれを生みます。
仮の式場で費用を数える
ここからは、僕が置いた仮の数字での計算です。実在の式場の数字ではありません。
前提を置きます。
- 従業員は正社員40人、配膳などのパートが14人。研修の対象は合わせて54人
- 研修の時間単価は、パートも含めた平均で2,000円とする
- 管理職の時間単価は3,000円とする
- 相談窓口の担当者は2人、管理職から選ぶ
費用を項目ごとに積みます。
- 全員向けの研修1時間(初年度と、毎年の見直し): 54人 × 1時間 × 2,000円 = 10万8,000円
- 方針と対処マニュアルの作成: 管理職2人 × 8時間 × 3,000円 = 4万8,000円(初年度のみ)
- 相談窓口の担当者向けの研修2時間: 2人 × 2時間 × 3,000円 = 1万2,000円(初年度のみ)
- 録音機器(ICレコーダー2台)と保存の仕組み: 2万円(初年度のみ)
- 実際に起きたときの2人体制の追加: 年12件、1件につき管理職が1.5時間追加で入るとして、12件 × 1.5時間 × 3,000円 = 5万4,000円
合計は、初年度が24万2,000円です。2年目以降は、研修と対応だけが毎年かかるとして、16万2,000円になります。
年12件という件数は、月1件の想定を置いただけで、根拠のある数字ではありません。実際には、ほとんど起きない会場もあれば、月に何件も起きる会場もあるはずです。ここは自分の会場の過去1年を数えるのがいちばん確かです。
この費用は高いのか安いのか
比べる相手を置きます。仮に、担当プランナーが1人、カスハラの被害を理由に辞めたとします。採用と育成の費用が1人あたり100万円かかるとすると(これも仮の数字です)、年16万円の対策費は、離職を年に0.16人防げれば元が取れます。6年に1人防げる計算です。
ただし、この比較は気をつけて読む必要があります。カスハラ対策は、離職を防ぐためにやるものではなく、義務としてやるものだからです。措置を講じていない事業主は、厚生労働大臣や都道府県労働局長から、助言・指導・勧告を受ける可能性があります(大分労働局の資料による)。費用の大小を比べる前に、やらないという選択肢がない、というのが出発点です。
比べるなら、「最低限で済ませる場合」と「実効性を上げる場合」の差のほうが、判断には役立ちます。最低限は、方針の文書、窓口、研修、対処マニュアルです。実効性を上げるなら、見学時や電話の最初に、録音していると伝える運用や、2人体制を原則にする運用が加わります。後者は人件費がかかります。月1件の想定で年5万円ほどですが、件数が月5件なら、同じ前提で年27万円まで増えます。
式場で先に決めておくこと
指針の10項目は、書面にして社員に配るだけでは足りません。現場が迷うのは、次のような場面です。僕が式場の立場なら、運用開始の前に、次の4つを決めておきます。
1つ目は、契約後の減額要求にどう答えるか。「著しい」かどうかの基準を、金額や回数で決めておきます。たとえば、契約書に載っていない無償サービスの要求は、1回目は説明して断る、2回目は管理職が出る、3回目は文書で回答する、というような段階です。
2つ目は、SNSや口コミへの投稿をほのめかされたとき。脅しとして受け取るのか、ただの感想の予告として受け取るのかは、言い方によります。「書きますよ」とだけ言われたときと、「これを書かれたくなければ、この金額を引いてください」と言われたときでは、後者が該当しやすいと読めます。後者の言い方が出たら、その場で管理職に報告し、記録を残す、と決めておきます。
3つ目は、見学客や問い合わせ客への対処。契約前の人も対象だからです。電話が30分を超えたら切る、同じ内容のメールが短時間に何通も届いたら返信を止めて管理職に回す、といった線を決めます。対応を打ち切ってよい条件は、指針にも対処の例として載っています。十分に説明したうえで、なお繰り返しの要求が続く場合は、時間の経過をもって電話を切る、退店を求める、という内容です。
4つ目は、列席者への対応。披露宴の最中に、ゲストが会場スタッフに怒鳴る、長く居座る、という場面も、条件を満たせば対象です。当日のチーフが、その場の対応を誰に仰ぐのかを決めておきます。新郎新婦に迷惑をかけない形で対処する必要があるぶん、他の業種より難しい場面です。
障害のある方への配慮との線引き
もうひとつ、式場として気をつけたい点があります。指針は、障害者が、障害を理由とした不当な差別的取扱いをしないよう求めることや、社会的障壁の除去を求めること自体は、カスハラに当たらないと明記しています。
たとえば、車いすのゲストのために動線の段差をなくしてほしい、という要望は、カスハラではありません。負担が過重でない範囲で、合理的な配慮をする義務があります。
ですから、研修の中身には、カスハラの例だけでなく、カスハラに当たらないものの例も入れるのが安全です。社員が「これは断っていいのか」と迷う場面で、必要な配慮まで断ってしまうと、別の問題が生まれます。1時間の研修のうち、10分はここに使う価値があると僕は思っています。
計算に入っていないもの
今回の計算は、直接かかる費用だけです。次のものは入れていません。
- 弁護士への相談費用。悪質な事案で法的な手続が必要になる場合、指針は法務部門との連携や弁護士への相談を対処の例に挙げています。顧問弁護士がいない会場は、初回相談の費用が別にかかります
- 就業規則の見直し。方針や不利益な取扱いの禁止を規則に書き込む場合、社労士への依頼費用が出る会場もあります
- 被害を受けた社員のケア。休んだ分の代替要員や、相談に使った時間は、費用に出にくい部分です
この3つは、会場によって差が大きく、仮の数字を置いても意味が薄いので外しました。
まとめ
- 2026年10月1日から、カスハラ対策は全事業主の義務です。式場も対象で、方針の周知、相談窓口、事後対応、悪質な場合の対処方針など10の措置が求められます
- 対象には、見学前の問い合わせ客、施設の利用者、電話やSNS上の言動も入ります。料理が冷めていたといった正当な申入れは、カスハラではありません
- 従業員40人、パート14人の仮の式場で、最低限の整備費は初年度24万2,000円、2年目以降は16万2,000円です。件数の想定は仮の数字なので、自社の過去1年で置き直します
- 式場で先に決めておくのは、契約後の減額要求の線、SNS投稿をほのめかされたときの扱い、見学客・問い合わせ客への打ち切りの条件、列席者への当日の対応の4つです
- 障害のある方からの配慮の求めは、カスハラに当たりません。研修には、当たらない例も入れておくほうが安全です
